祓い屋少女と守護の眷属




「瑠璃音、今日って塾だっけ?」
「ううん。でもお母さんに買い物頼まれてるから先に帰るね」


隣のクラスの友達に宿題を教えてもらう予定らしい灯花が聞いてきたが、今日はお母さんが残業で、冷蔵庫に入れてある昨日の残りに何か足して弟たちにも食わせろというご命令が下されているので断った。

ご飯は夕方に炊けるようにタイマーセットしているらしい。私がやっとくよと言ってもしている。我が母ながらバリバリ働きながらここまでできるスーパーマザーである。

私の弟は二人、小学二年生と中学一年生。下の方は最近下品な言葉にハマっており突然「うんち出してこい!」などと言ってげらげら笑うのが不気味である。上の方は最近私に対して反抗期で「姉ちゃんに関係ねえだろ!」と事あるごとに言ってくる。彼が中学に入って同じクラスの花子ちゃんに片思いしていることをからかいすぎたことが原因だろう。だってお姉ちゃん弟の初恋が嬉しくて……。

二人の弟に思いを馳せながら、高校から最寄りの商店街に向かった。

ど田舎のこの町の中でも一応栄えている方の商店街だ。昔と比べてシャッターがかかっているところも多い。

お母さんに頼まれたらいつも寄っているコロッケ屋さんで人数分のコロッケを頼む。お店のおばちゃんとは仲良しだ。


「瑠璃音ちゃん、いつもありがとうねえ」
「いえいえ! おばちゃん、腰治った?」
「それがねえ、治らないのよ。困ったもんだわ~。立ち仕事も多いってのに」
「あらら。今度私の家の湿布持ってきたげる!」


このおばちゃんのコロッケ屋には、おばあちゃんが生きていた頃もよく来ていた。


――おばあちゃんはよく言っていた。周りの人を、この世界に生きている人を大切にしなさいと。

あなたは一人で生きているわけではないと。生まれる時はお母さんや助産師さんやお医者さん、少し成長したら保育士さんや地域の人、直接関わった相手だけでも感謝しなければならない相手は沢山いる。間接的に私を支えてくれている人を挙げるならきっと想像しきれないほど数が多い。

この世界は人と人との助け合いでできている。だから、自分にできることならできる限り人を助けなければならない。

そのためなら湿布だって配りまくる。



ほかほかのコロッケを購入し、少し遠いが商店街から歩いて帰っていたその時。


――電柱の陰から、こちらをじっと見つめている分厚いコート姿の女性がいた。


人の形をしているが人でないことはすぐに分かった。だって、春も終わりそうなこの時期にコートを着ているなんて珍しいから。


視えていないふりをして通り過ぎたが、幽霊はいつまでも私の後ろを付いてくる。

数分歩き続けたがまだ背後の気配が消えないので、勇気を出して振り返ってみた。


「……あの」


幽霊は表情を変えない。やせ細った体でぷるぷる震えながらこちらへ歩いてきている。


「私に何か用ですか?」


問いかけた途端、幽霊が勢いよく飛びかかってきた。

驚いて避けようとするが、幽霊の狙いは私ではなく――コロッケの袋だった。

物凄い力で引っ張ってくるため、慌てて引っ張り返す。


「こ……これが欲しいんですか?」
『……ア……ア゛……』
「ご、ごめんなさい! 今日の分のコロッケこれで最後だったし、これ取られたら私の弟たちのコロッケが……」
『アアアアアアアア!!』
「ぎゃあああっ! ごめんなさい! 私の分の一個はあげますぅ!!」


あまりの恐ろしい形相にビビった私は自分の分のコロッケを袋から出して幽霊に与えた。

しかし、それでも幽霊は大人しくならない。


『ブ……ア……アアアアアア!』
「うわあああああああああ!! やめてーっ!!」


まだまだ袋を奪おうとしてくるのでぐるぐる回って逃げる。

分からない。何故そこまでこのコロッケに執着するんだ。


走っているうちに息切れしてきて、更には躓いて転けてしまった。

ぬるぬると動きながらこちらへ近付いてくる幽霊は血塗れだ。死んだままの状態で視えているのだろうが、さすがの私も血が苦手なので怖かった。


「やめてくださぁぁぁぁぁぁいっ!!」


思わず、ばしっと幽霊を払い除ける。


――すると、次の瞬間幽霊は跡形もなく消えていた。


(ちょ、ちょっときつく叩きすぎた……?)


冷静に考えると、コロッケくらいあげてもよかったかもしれない。弟たちの晩ごはんは改めて買いに行けばいいし……。

ごめん、ともういない幽霊に対して内心申し訳なく思っていると、後ろからぷっと誰かが吹き出すような音が聞こえてきた。


そちらを振り向くと木の葉が巻った。一瞬目をつむる。そして、次に目を開けた時には――美しい男の人がおかしそうに笑みを浮かべてそこに立っていた。




「よくぞお参りで。」


男の巫女服姿の、真っ黒な髪をした大人。年はまだ若く、二十代前半のように見えた。



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