祓い屋少女と守護の眷属
「祓い屋って、今生きている人の助けになりますか?」
気付けばそう聞いていた。生前のおばあちゃんが言っていたことを実行したくて。
翠波さんはきょとんとした後、「もちろん」と笑った。
「不浄によってもたらされる不幸も多い。祓い屋はそういう意味でならやりがいのある仕事だよ」
――意義があることは分かった。でも、これまでの人生で積極的に穢れに近付いたことはないのでやはり躊躇いがある。
黙り込んでいると、翠波さんがふと思い付いたように言った。
「試しに一度祓ってみる?」
そう言って翠波さんは部屋にある古い壺を持ってきた。その壺には御札が沢山貼られている。
その不気味さに、思わずごくりと唾を飲んだ。
ぬるりと壺から下半身のない髪の長い血塗れの女が現れた。都市伝説のテケテケのような見た目をしている。
(グロくない!?)
思わず立ち上がって翠波さんに聞いた。
「これどうやって祓うんですか……?」
「さあ? 祓い方は人によって違うからね。君がどう祓うタイプなのか見極めたい。だからひとまず頑張ってみて」
翠波さんがにこにこしながら鬼畜なことを言う。
さっきゆっくり僕が教えていくみたいなこと言わなかったっけ!?
「ああ、ついでに御幣を渡しておくね。神祭用具の一つで、僕たちがお祓いをする時に使う最もメジャーな道具だよ」
今更お祓いの時にふぁさふぁさ振ってるやつを渡してきた翠波さん。
試しにテケテケに向かって振ってみたが、一向に消える気配はなく――それどころか気分を害したようで、壺から離れて私の方へ襲いかかってきた。
慌てて部屋を出て外を走り回ったが、テケテケは物凄いスピードで付いてきた。
ついでに狐もふよふよと浮きながら私に付いてきている。そこでハッと思い付いた。これが神様の御使いなら、不思議な力も使えるのでは!?
「眷属! 手伝って!」
『俺が? 何を?』
「お祓いだよ!」
『お前が祓わないと意味ねぇだろ』
どうやら私を手伝う気はないらしい。
「じゃ、じゃあやり方教えて! お祓いって例えばどういう風にやるの?」
『喝と唱えろ』
「喝!? ださっ! もっとかっこいいやつがいい!」
『文句言うな。お前のババアが言い出したことだ』
おばあちゃん、喝って言いながらお祓いしてたんだ!?
――一時間後。
いつまで経っても祓えず、泣きながら翠波さんの足に縋り付いて「無理ですぅぅぅ!!」と助けを求めると、翠波さんが何やらぶつぶつ唱えてテケテケを祓ってくれた。
走って逃げ回ったせいで息切れした私はしばらく休んだ後、筋肉痛に苦しみながらハッと気付いた。
「っていうか私、帰って弟のご飯用意しなきゃ……」
幸いなことにまだ夕方と言える時間だ。今から走って帰れば間に合う。
こんなに走っておいてまだ走るのか、という感じではあるが。
「今日はもうやめにしようか。またおいで。僕は基本的にいつでもここに居るから」
「……すみません、期待外れで」
おばあちゃんが祓い屋だったなら私も遺伝的に才能あったりしないかな、と思ったけれど、この調子じゃ無理そうだ。
少し落ち込む私の頭を、翠波さんが優しく撫でてくれた。
「何事も最初からできる人なんていないよ。できないことは誰かに教えてもらいながらゆっくり頑張ればいい。君が塾でしている勉強と同じだよ」
イケメンに優しくされてきゅんきゅんしながら、私は神社を後にした。
かっこいいなぁ、翠波さん。恋愛するなら翠波さんみたいな人がいい。翠波さんみたいな人が相手なら、お母さんもきっと安心する……。
帰り道。
ちかちかと光る電灯の下に、不気味な化け物がいた。
(ずっとそばにいるなら、そのお狐さまの力をお前も取り込んでいるはずだよ――)
翠波さんの言っていたことを思い出し、宙を浮きながら付いてくる口の悪い狐をチラ見する。
神社の前でコロッケを奪おうとしてきた女性の幽霊は、もしかしてあの場からいなくなったのではなく、私が祓ったのだろうか。
あの時自分は何をした? 確か、特に道具は使わず、ただ手でべしっとしただけだ。
電柱近くの化け物はこちらの様子を窺っているようだが襲ってくる様子はないので、おそるおそる近付き、
――軽く殴ってみた。
すると、『ギャアアアアア』とうめき声を上げ、化け物が散り散りになって消えていく。
(これか……!?)
結構物理的な攻撃だけど効くんだ、と驚いてその場でしばらく立ち尽くしてしまった。