ラーシャス・ポイズン
私のもの
考えても分からないこと、いつまでも考えてられるほどの心の余裕は、私にはなかった。
「どういうこと!?」
夜通しあれはどういうことだったのか考え続けた翌朝、寝不足の体を無理矢理起こして、私は朝四時から柊くんの家の前で待ち構えた。
ご家族が寝ていた場合インターホンを鳴らすのはまずいと思い、LINEで柊くんに何度も【外に居るから開けて】と送信すると、三十分ほど経ってから出てきた柊くんは、不機嫌そうに眉を顰めていた。
「は?」
「キスしてたでしょ!……に、弐川くんと」
「……ああ」
てっきりはぐらかされると思っていたのに、「そういえばそんなこともあったな」程度のリアクションを返される。
くあ、と欠伸をしながら私を家に入れてくれた柊くんは、「まだ母と妹が寝ているので静かにしてくださいね」と私をリビングへと通した。お父様は夜勤だろう。
「誰にでもああいうことをする男ですよ。気にしたら負けです」
久しぶりに来る柊くんの家のリビング。大して気にも留めていないような発言をされて面食らった。
「何で弐川くんが柊くんにキスするの……?」
私の飲めない、カップの中のブラックコーヒーを啜った柊くんは、早く回答してほしい私なんて気にならない様子でそれをゆっくりテーブルに戻し、
「懐かれてるんですよ。何故か」
随分と遅れて返事をしてきた。
「…………付き合ってるんじゃないの……?」
「ハァ?」
「柔軟剤!弐川くんから柊くんの家の柔軟剤の匂いした!」
「たまに泊めているので」
トメテイル……!?
「両親公認……?」
「どうしてそうすぐ交際している方向へ持っていくんですか。僕と彼はただの友人です」
「だ、だって泊めてるって……」
幼馴染みとはいえ、中学に入ってから、私はあまりこの家に来ていない。高校受験が迫った時期は尚更だ。
その間、私の知らないところで、弐川くんがこの家に出入りしていたなんて……。どういうこと?ますます意味が分からないんだけど。短期間で急接近しすぎじゃない?
何でそんな、当たり前みたいに。自分の場所を奪われたような気がして、ぎゅっと拳を握った。
「な、何もされてないよね?」
「されてませんよ。さっきから変なことを言うのはやめてください」
「ああもう分かんない……!!」
頭を抱える私に溜め息を吐きつつ、食パンをトースターに入れた柊くんは、これまた何でもない風に言った。
「何を勘違いしているのか知りませんが、あの男は同性も異性も問わないというだけです。他にも沢山いますよ、あいつが手を出している男」
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「弐川くんがバイセクシャルなのは今に始まったことじゃないじゃないですかぁ?」
中等部と高等部の校舎を結ぶ渡り廊下。そこで偶然“桜ちゃん”とすれ違った私は、思わずその腕を掴んでしまった。
この子なら弐川くんのことを何か知っていると思って聞いたが、相変わらず態度は悪く、そんなこと聞くために引き留めたんですか?と言わんばかりにつまらなそうに髪の毛をいじっている。
「いくら弐川くんが好きだからって〜私から情報収集とかやめてくれませーん?」
盛大な勘違いをしているようだが、もうこの際放っておこう。何を言っても通じない気がする。
「にか……秋一くんは柊くんが好きなの?」
「はぁ~~~?そんなわけないじゃないですか。遊び相手の一人ですよ。弐川くんが好きなのって私ですし~」
“遊び相手の一人”? その程度の存在のために、私のこと敵視したりする?
問い詰めたかったが、この子に客観的な意見を求めても無駄な気がして口を結んだ。
「もう行っていいですか?私ネイルサロン行くんで」
中等部はもう授業が終わりらしく、私の手を振り払った“桜ちゃん”は、長い黒髪を靡かせて中等部の校舎へと戻っていった。