ラーシャス・ポイズン



残念そうに引き留めようとするギャルっぽい美人を、その隣にいる女生徒が止める。

「やめなって。あいつああいう奴じゃん」

弐川くんを“ああいう奴”呼ばわりして去っていく美人グループ。


何を指してああいう奴と言っているのか分からないが、兎にも角にもあの美人たちは弐川くんの気紛れを諦めているようだった。


「偶然だねぇ。柊のこと待ってなくていーの?」
「……補習、まだ終わってないから」
「フーン」


弐川くんは私の手にある口紅を一瞥し、


「色気付いちゃってェ。それで柊の気ぃ引くつもりぃ?このめすねこ」


と揶揄うように耳元で柔らかく罵ってきた。


何が、……雌猫だ。私にとっては弐川くんの方がよっぽど雌猫だ。
私の知らないうちに柊くんと仲良くなって、私よりも先にキスをして。


「……冷やかしに来たならどっか行ってよ。」


――悔しい。こんな軽薄そうな男に、いつの間にか一歩先を行かれていたことが。






「ま、どっか行けって言うなら行きますけどぉ」


すっと私の手にある安い口紅を奪った弐川くん。

顔を上げると、その隣に並んでいたより細身なリップのテスターを渡された。


「それよりこっちのがいーよ。あんた色白いから似合うだろうし、ティントだし」



余計なお世話、と言いたいところだったが、化粧品のことを全く知らない私と、数多の女友達がいる弐川くんとでは、おそらく弐川くんの方が詳しいような気がして受け取る。試しに手に塗ってみると、好きな色が広がった。


「ティントって何?」
「唇を染めんの。口紅と違って落ちにくい。ちゅーしやすいから、俺は好きよォ?」


“ちゅーしやすい”と言われてぱっと思い浮かんだのが柊くんの形の良い唇だったあたり、何だか自分が変態のようで口をモゴモゴさせてしまった。


……私も柊くんとキスしたい……!

柊くんは私がティントリップで唇を染めたからといってそそられてはくれないのだろうけど。

私からいったとしても、激しく抵抗されるのだろうけど。


と。そこで、私は不意に不安に見舞われた。


――どうして柊くんは、弐川くんにキスされても抵抗しないんだろう?





「そんなに見つめても買ってあげないよぉ?」


凝視していたせいで、そんなことを言われてしまった。

私はハッとして気を取り直し、販売品の方を手に取ってレジへ向かう。弐川くんはその後をナチュラルに付いてくる。


「他の色も試さなくてへーきなのォ?」
「……弐川くんが似合うっつったんでしょ。私よく分かんないし、これにする」
「あは、かーわい。」


何がだよ、と思いながら会計を済ませて時計を見た。まだ8時過ぎか……ちょっと早いな。今から学校へ戻ってもそこそこ時間が空くだろう。

そんなことを考えていると、「おいで」と弐川くんが休憩スペースへ私を誘う。


「ほらそこ、座ってェ?」
「……?」


不審に思いながらもカウンターテーブルにある椅子に座ると、弐川くんはその隣に座り、私の買ったシール付きのリップの箱を開けた。


「目ぇ瞑って。塗ってあげる」
「え、」
「俺と見つめ合いたいなら開けててもいーけどね」


撫でるように顎を掴まれ、ぞくりと擽ったいような気持ち良いような感覚がした。その感覚に怯んでいる間に、弐川くんが私の唇にリップを滑らせる。


「動かないで。ちゃんとシてあげるから」


……囁き方がえろいんですけど。
この人いつもこんな感じなのかな。

ここで抵抗するとズレる気がして、大人しく動かずにいた。

これから柊くんと会うし、ちょうどいい。


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