ラーシャス・ポイズン
途中でぱちりと目を開く。
弐川くんがちょっと不意を突かれたみたいな顔をした。
決して逸らさずじっと見つめる。
あ、睫毛長いなって思った。
「弐川くんって何考えてるの?」
「ん〜?」
「敵に塩送って平気なの」
そう言うと、弐川くんの口がゆるりと弧を描く。
「そーねェ、奪われちゃうかもねぇ」
「……思ってないでしょ、」
「奪わせねーけど」
弐川くんの声のトーンが下がって、嫌な意味でどきりとした。
リップの先が私の唇から離れていく。
唇に濡れたような独特な感覚を残して。
「柊に近付く女は、全部俺が落としてあげるんだァ」
ふふっと自信ありげに私に顔を近付けて囁く悪魔。
ああそっか、そういうことか、って酷く納得した。
この人は最初っからそのつもりで私に近付いたのだ。
誰彼構わずふらふらしている弐川くんにも、何故か柊くんへの執着はある。それが恋心かどうかはともかく、他の人に向けるそれとは随分違っている。と、私は思う。
きっとこの人は、邪魔者は自分に惚れさせて、自分の思い通りに動かしたいのだ。
弐川くんは続けて言った。
「それが怖かったら、俺のモノに手ぇ出さないでねぇ?」
――『私のモノに手ぇ出さないでくださいね、センパイ?』
瞬間、彼と彼女が途方もなく類似している気がして唾を飲んだ。
そうか、目の前にいるのはあの子と何ら変わりない子供だ。
我が儘で、自己中な、何も怯える必要はないような。
「……自分の独占欲から弐川くんをまるで自分の物みたいに扱う桜ちゃんと、柊くんを自分の物だって言う弐川くんの、何が違うの」
柊くんは付き合ってないって言ってた。
なら、弐川くんの強気な発言も全部、“桜ちゃん”と同じような子供じみた独占欲なのだ。
「――柊くんのことモノ扱いするような人に私は負けないから」
休憩スペースの雑音の中、その声だけは、よく通って弐川くんの耳に届いた気がした。
カウンターテーブルに置かれたティントリップを取り、制定鞄の小ポケットに入れて立ち上がる。
柊くんの補習が終わる前に、早めに学校へ戻っておいてもいいだろう。
「ありがとう、手伝ってくれて」
最後に振り返ってお礼だけ言い、ローファーを鳴らしてその場を去る。
イオンの敷地内から出て坂を登っていると、途中で途轍もないイケメンに出くわした。
あやうく一目惚れするかと思ったけれど、よく見ると柊くんだった。
「……何でもう帰ってるの!?補習九時までじゃないの!?」
「今日は終わるのが早かったんですよ。うるさいのがいないと思って浮かれていたのに……はぁ……」
盛大な溜め息を吐かれた。
「忘れ物ですか?」
「や、柊くんと一緒に帰りたくて戻ってきたっていうか……」
「そこまでして…………。」
そこまでして僕と帰りたいですか。
呆れたような困惑したような声を出した後、ちょっとだけ苦笑した柊くん。
柊くんが笑ってくれたのが嬉しくて、私もついニコニコしてしまう。
「何笑ってるんですか、気色の悪い」
「柊くんに気色悪いって言われるの好きだよ」
「それも気色悪いです」
もう暗い帰り道。ぽつぽつとある住宅からの光と、電灯のみが私たちを照らしていた。