ラーシャス・ポイズン


「……柊くん、キスしませんか」
「ハァ?」


思いのほかマジな声で返されてちょっとビビってしまった。
冗談やめてください、程度で流されると思ったのに、本気で何を言ってんだこいつはみたいな声のトーンで発された「ハァ?」。


「弐川くんとはするんでしょ」
「だから、それは今朝も言いましたが、あの男は誰にでも」
「“誰にでもそういうことをする人”だったら気にしないの」


柊くんのセリフを遮ると同時に、早歩きして柊くんの前に立ちはだかった。


「私弐川くんとキスしちゃった。私も“誰とでもそういうことをする人”だよ」


柊くんの顔は暗くてよく見えないけれど、いつもとあまり変わらないであろうことは想像できる。
少しの間があった後、「……あの男は……」と、どうしようもない子供に向けるようなやれやれ声を出した柊くん。


「柊くんがチューしてくれないから、弐川くんに先にされちゃった」
「まるで僕のせいのような口ぶりですね。隙のある貴女が悪いのでは?」


知っている。柊くんにこんなことを言って何か得られるわけじゃないこと。
何か期待してたわけじゃない。

でも、今ばかりは柊くんのいつもの毒舌もいつも以上に心臓にチクチク刺さる。


「そうだね。……私が悪いね」


うまく笑えている気がしない。

あれ?私、意外とダメージ受けてるのかな。多分、弐川くんにファーストキスを奪われたことにじゃない。それならきっととっくに泣いてる。

私がショックなのは――私が弐川くんとキスしたってこと聞いても、柊くんはなんとも思ってないみたいだからだ。


「用がそれだけなら退いてください」
「…………笑ってほしいんだけど」
「はあ」
「私、柊くんとキスするの憧れてたんだ」
「……」
「はじ、はじめては、初めては柊くんとがよかっ……」





震える声は驚きで掻き消された。


覗き込むようにして私に顔を近付けた柊くん。

黙らせるみたいに私の唇に自身のそれを重ね、



「面倒なので」


聞いてもいないのにこんなことをする理由らしき文言を呟いた柊くんは、何事もなかったかのように制定鞄を肩にかけ直して先を行く。




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