ラーシャス・ポイズン
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翌朝登校すると、机の上にでかでかと書かれていた文字は“エンコ―女”だった。
周りを見回すと、誰もがひそひそと囁きあっていた。
思い当たる節はあった。
昨日見たのだ。男と腕を組みながらラブホテルから出た直後、見知った制服を。
学校からはかなり離れた、中高生よりは仕事帰りの大人が盛んに行き交う場所で、同級生に見られたのは完全に誤算だ。
軽く雑巾で拭いて消えなかったので、私はその机をそのまま使った。
元々友達はいなかったけど、次の授業の教室がどこかを聞いてシカトされたのは心にきた。
――本当の意味で孤立した。別に、いいけれど。
授業開始のチャイムが鳴っても、教室がどこだか分からなかった。
人気のない廊下で蹲って床を見ていた。
私には柊くんがいるから平気だ。
私には柊くんがいるから平気だ。
私には柊くんがいるから平気だ。
他の人にどう思われたって関係ない。
そう自分に言い聞かせながら動けずにいた時、不意に後ろから聞き慣れた声がした。
「あやめちゃん、みいつけた」
からんころんと音がする。おそらく飴を舐めているのだろう。
「サボりぃ?」
屈んだまま振り向いた私に、小首を傾げる弐川くん。
「……教室が分かんなくて」
「は?……ああ」
すぐに状況を理解したような顔をした弐川くんは、くつくつ笑いながら近付いてきた。
いつも目立たない地味な一人ぼっちのクラスメイトが援助交際していたなんて話題は、噂好きな高校生の格好の餌食だ。今朝の感じからして、あの話はクラス全体に広まっている。
同じクラスの弐川くんに知られていないはずがない。真偽についてどう思っているかは知らないけれど。
「あれ俺の友達が書いてたけどぉ、悪ノリだから気にすんなよ」
机に太字で書かれていたあの言葉について言っているのだろう。
友達――十中八九弐川くんがいつも遊んでいるスクールカースト上位組のギャルみたいな女の子たちだ。しかもこの言い方からして、弐川くんはその現場にいたのだ。
「……見てたなら止めてよ」
「何で俺が止めんの?」
弐川くんを睨んだけれど、心底不思議そうな顔が映って何も言えなくなってしまった。
不思議とクラスメイトに無視された時よりも嫌な胸の痛みが走る。
そうだ、私は別に、弐川くんとは友達でも何でもない。何を勝手に期待していたんだろう。
「忘れて」
短く言って、弐川くんから目を逸らした。
すると弐川くんは全てを察したみたいに「あーはあ」と言うと私の正面に回って屈み、私の頬に手を置いて顔を上げさせてきた。
「慰めてあげよっかァ?」
弐川くんの甘い匂いを間近に感じる。
「俺に“慰めてもらう”ってのが、どういう意味か分かってるならだけど」