ラーシャス・ポイズン
――私が口を開こうとした時、静かな廊下にバイブ音が響いた。
何度も続くそれは弐川くんのポケットからの音で、弐川くんの手があっさり私から離れていく。
「やっほ~桜ちゃん。どしたァ~?」
電話に出た彼の第一声で、相手が誰なのか分かってしまった。
“桜ちゃん”の黒髪ツインテールが脳裏に過ぎる。
「……泣いてんのぉ?」
――その声が酷く優しくて、一瞬誰が発したのか分からなかった。
驚いて見上げると、弐川くんはいつもと違う顔をしていた。心から心配してるみたいな、そんな顔するんだって思った。
弐川くんは電話の向こうの“桜ちゃん”に対して何回か相槌を打つと、「今どこぉ?行くわ」と立ち上がった。
「“大丈夫”とかじゃなくてぇ、どこ。……どこだって聞いてんだけどぉ。言えよ」
半ば脅すような声音で場所を問い、しばらく黙って“桜ちゃん”に耳を傾けていたかと思えば、「すぐ行く。うろちょろしないでねェ」と通話を切り、スマホをポケットに入れる。
「じゃーね、あやめちゃん。教室第二実験室だから」
いつものいい加減な笑顔を私に見せ、ひらひら手を振りながら行ってしまう。
お前は授業行かないのかよ。
ふらふらこっちへ来たりどこかへ行ったりする弐川くんのことを、やっぱりネコみたいな人だと思った。