ラーシャス・ポイズン
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商店街は夏休みのためか、子ども連れが多い。
ここまでの道のりは日差しが強く一度自宅へ戻って日傘を持ってこなかったことを後悔したが、商店街はアーケードがあるため多少暑さがマシだ。
携帯会社のセールスを躱しながら目的の日用品売り場へ向かっていると、やや離れた場所に見知った顔が見えた。
発色の良い赤色の口紅が白い肌に映える、今日はツインお団子をした小柄な女の子。
……参ったな。“桜ちゃん”とこんなところで会うとは。
誰かと話してるみたいだし、気付かれないように通り過ぎようと思い、道の端に寄りながら歩く。
近付くにつれて、“桜ちゃん”がいつもと違う様子なのに気付いた。
――英語を喋っている。
外国人観光客を案内しているらしい。
背丈の高いアジア人の男。“桜ちゃん”の英語の方が流暢で驚いた。
勉強できないくせに英語喋れるのか……と驚いて見ていると、男性が“桜ちゃん”の細い手首を掴んでどこかへ引っ張っていく。
――それはただの勘だった。
二年間援助交際をしている女の、野生の勘。
男が女を買おうとする時の、情欲を孕んだ目は分かる。
「……ちょ、ちょっと」
――だから思わず、走って“桜ちゃん”の男が掴んでいるのとは反対側の腕を掴んでいた。
私には関係ないから、一度は見過ごそうと思って通り過ぎたけれど、やっぱり先輩としての責任を感じて追いかけてしまった。
「この子私の連れなんですけど、どこ連れていく気ですか?」
男は数秒私と見つめ合い、「……ああ、すみません」と言って“桜ちゃん”の手を放し、そそくさとどこかへ消えた。
ほっとして胸を撫で下ろす私を、“桜ちゃん”が睨み上げてくる。
「……知り合いだった?」
「いいえ。声かけられただけです」
「じゃあ、観光客を装ったナンパだよ」
「知ってましたよ。ホテル行かないかって誘われましたもん」
冷たく言い放つ“桜ちゃん”の目が据わっている。
「どうなってもよかったの?」
「どうなってもよかったです」
「いつもそういうの、応じるタイプ?」
「別に。でも、今日彼氏にフラれたんで、もう誰でもいいかなって思いました」
「……フラれたんだ」
「桜は俺だけじゃなくて色んな男が好きで、俺のものにならないからって」
涙声でそこまで言った“桜ちゃん”は、包帯で巻かれた自分の腕をぐっと握って、堰を切ったように大声を上げた。
「私だって……ッお前が満たしてくれるなら他で愛情の分散なんかしねーんだよ!お前一人が私の愛を受け止められんのかよ!!私のこと誰よりも優先して、ずっと一緒にいてくれて、私と一緒に死んでくれて、他の女で勃たないで、AVも観ないで、メンタルブレてもめんどくさがらずに支えてくれて、元カノ殺してくれて、他の女と喋らないで、友達とも遊びに行かないで、毎日私のこと好きだって言ってくれんのかよ!!お前如きにできねーだろ!!たった一人の男なんかが、私のこと支えられるわけねーじゃん!!」
この場にいない元彼に対して怒鳴る“桜ちゃん”を、道行く人たちがちらちらと見ている。
商店街のど真ん中でぼろぼろと大粒の涙を流す桜ちゃんを、隠すように黙らせるように抱き締めた。
「辛くても、失ったものを埋めるみたいに誰でもいいから付いていくのは、やめといた方がいいよ。桜ちゃん可愛いから相手には困らないだろうけど。私はそうやって経験しなくていい痛みを多く味わったから、誰かに勧める気は全然起きない」
肩口で、ぐすっと鼻水を啜る音がする。
私より小さな身体を強く抱き締め、しゃくりあげる声が聞こえなくなるまで頭を撫でた。
通行人が珍しいものでも見るかのような目で見てくる。
大方何かあった妹と、それを慰める姉のようにでも見えているだろう。
しばらくして、ふと隣にある時計屋さんの時計を見ると、そろそろいい時間だった。
早く用事を済ませて帰らなければならない。
「じゃあ私、トイレットペーパー買いに行くから。じゃあね」
桜ちゃんを放して軽く手を振り、再び目的地へ向かう。
「……なにそれ」
後ろで桜ちゃんがふっと笑う気配がした。