ラーシャス・ポイズン
夏の終わり
秋一くんの家へ行かなくなってから夏休みが明けるまで、一週間ちょっとしかなかった。
そのうちの二日くらいで残りの課題を全部終わらせて、あとは桜ちゃんと買い物へ行く日々を過ごした。
桜ちゃんはショッピングが好き。特に化粧品コーナーに長居するから、一緒にいるうちに化粧に詳しくなった。
薦められたものを買っていくうちにどういう化粧が自分に合っているのか何となく分かったし、以前よりは少し垢抜けた気がしている。
桜ちゃんに私はショートカットが絶対似合うと言われたので、夏休み最終日は髪を切ったりもした。
がらっと雰囲気が変わったところで友達がいないので反応してくれる人はいない。
自主参加の補講がある柊くんは夏休み期間中も学校へ行っていて、会うことができなかった。
「私飲んだこともないのにタピオカミルクティーを毛嫌いしてるタイプのサバサバ系女嫌いなんですよね。タピオカミルクティーはおいしい飲み物なので」
そんなわけで、始業式が行われた登校初日。
帰りのホームルーム中に桜ちゃんから【タピオカ行こ】と連絡が来たので学校帰りにタピオカドリンクが人気の台湾カフェに寄っている。
桜ちゃんはタピオカが好きらしく、夏休み中のショッピングの合間にも頻繁に一緒に飲みに連れていかれた。私は太ることを危惧してタピオカドリンクを飲んだ日は夕飯を減らす工夫をしたけれど、何も考えていなさそうな桜ちゃんの見た目は以前と変わらない瘦せ型のままだ。
元々少食かつ偏食のようで、友達といる時くらいしか積極的に食事をしないのだそう。
「まぁ、何事も知る前から否定するのはよくないかもね」
家に帰っている様子もあんまりないし、色々と心配になる子だなぁ……と思いながら、桜ちゃんのアンチタピオカアンチ発言を適当に聞き流す。
もう九月とはいえ帰り道はまだ暑く、ひんやりとした店内は新学期が始まった中高生の溜まり場と化している。
うちの学校に近いだけあって同校の制服を身に纏う人もあちらこちらに見受けられた。
派手な女子グループを見つけると何となく秋一くんを探してしまうが、どうやらいないようでほっとした。
あれから秋一くんからは一切連絡が来ていないし、今日のホームルームでも目が合うことはなかった。
このまま何事もなかったように疎遠になるパターンだろう。人間関係において、多分よくあることだ。
「そういえばあやめ先輩、秋の修学旅行の準備してます?」
期間限定で増量されているタピオカドリンクを飲み終わりそうな時、桜ちゃんがふと思い出したように聞いてきた。
秋の修学旅行は一泊二日で福岡に行くもので、うちの学校では高校一年生と中学三年生の合同イベントだ。
中学三年生ってことは、桜ちゃんも一緒なのか。
「まだ何も準備してない……」
最近はあの勉強一筋な柊くんがどういう経緯で私の知らぬ間にどこぞの馬の骨と性行為に及んだのかで頭がいっぱいで、それどころではない。
修学旅行までまだ数か月あるし、そんな急いで準備する必要もないし。
「あんまり修学旅行とか楽しみにしてない人ですか?」
「楽しみじゃないわけじゃないけど、私友達いないからさ」
欲を言うなら柊くんと一緒に回りたいけど、どうせ関係を疑われたらどうするんですかって断られるだけだしなぁ……。
「……ふーん。じゃあ、私と一緒に回りませんか?」
「ええっ!?いや、いいよ!」
「は?何でですか」
「桜ちゃん同学年の友達いるでしょ!?」
「いるけど、同学年とはいつでも絡めますもん。あやめ先輩と一緒に行動できるのは修学旅行くらいしかないじゃないですか」
「いや、そうかもだけど……桜ちゃんはそれでいいの?」
「それでいいから言ってるんです。文句あるんですか?」
「ないです……」
真っ黒なネイルの施された指でマイメロのスマホカバーで覆われたスマホをタップしながら後輩とは思えない傲慢な態度で私を納得させた桜ちゃんは、「あ。」とまた何か思い出したように指の動きを止めた。
「弐川くんも誘います?」
ここで秋一くんを出されると思っていなくて、僅かに動揺してしまう。
桜ちゃんは知らないのだ、私が秋一くんと縁を切ろうとしていることを。
どういう流れでそうなったかを説明するには私が秋一くんと体の関係を持ったことも伝えなければならないし、そんなことを知ったら桜ちゃんはブチ切れるに決まっている。言えない……。
「……秋一くんは誘っても来ないんじゃないかなあ。あの人色んなグループに属してるし」
どのグループにも属してないとも言えるが。
私の指摘に対し桜ちゃんは、スマホに目を落としたまま当たり前のように言った。
「来ますよ?私が誘えば。他の約束を蹴ってでも」