ラーシャス・ポイズン
桜ちゃんのこの自信は根拠のないものではないだろう。
事実、秋一くんはどの女友達よりも桜ちゃんを優先している。
桜ちゃんが一緒に回りたいと言えばきっと来る――
「で、でも私、桜ちゃんと二人がいいなあ」
――から、それは阻止しなければならない。
桜ちゃんは“何で?”みたいな顔をしたが、数秒の後、照れたようにその顔を逸らした。
「……そこまで私と一緒にいたいなら、ホテルの部屋も同じ部屋取ります?」
「え?自由部屋なの?」
そういうのって普通同じクラスで何人かに分けて固められるものなんじゃないんだろうか。
私の中学の修学旅行ではそうだったけど……と思っていると、桜ちゃんは少し驚いたように私を見てきた。
「知らないんですか?去年うちの学校で暴行事件あったの」
私は編入生だから、去年はこの学校にいなかった。
でもそれは桜ちゃんも知っている。そのうえでこの反応ってことは、編入生でも知らないのはおかしいくらい有名な話なのだろう。
「例年修学旅行の部屋割りは出席番号順に六人部屋だったんですけど、去年いじめっ子四人といじめられっ子一人が一緒の部屋になって、いじめられっ子が悪ふざけでサンドバッグにされた挙句ホテルの窓から突き落とされて結構な問題になったんですよ。だから今年から修学旅行の行き先も変わりましたし、好きに部屋取っていいし一人がいい人は一人でもいいってルールになりました。男女は別部屋じゃないと駄目ですけど」
窓から突き落とすなんて悪質だな……。ゾッとしながら、桜ちゃんと一緒に残った氷を捨て、カップをカップ専用ゴミ箱に捨てた。
そういえば、私へのいじめはすっかり収まったな。
以前よりも誰も話しかけてくれなくなったし近付いたら避けられるけど、机の落書きとかはなかった。
嫌な印象は払拭されていないにせよ、夏休みを挟んだことでクラスの中で私の話題の旬が終わったと考えられる。
「じゃあ、また連絡しますね」
「うん、また」
タピオカドリンク専門店を出て、この後別の友達と出掛けるらしい桜ちゃんとは方向が違うので別れた。
坂を下りてバス停に着くと、私の家の最寄りバス停で停車するはずのバスが、ちょうど行ってしまった後だった。
田舎なもので、次は数十分待たないと来ない。
バス停の青い椅子に腰をかけ、スマホをいじりながら次を待った。
十五分ほどが経過した時、ふと人の気配がして顔を上げると、柊くんが少し離れたところに立っていた。
家が近いのだから乗るバスは同じだ。バス停で遭遇する可能性も低くはない――まして始業式のような、どのコースの人間も同じ時刻に学校が終わるような日は。
「柊くん……!」
思わず椅子から立ち上がると、柊くんは“げっ”と言いたげな顔をした。
「いつからいた!?声かけてくれたらよかったのに!」
「さっきです。こちらに気付かれるのが嫌だったので声をかけませんでした」
久しぶりに柊くんと話せていることと、相変わらずの毒舌にニヤニヤしてしまう。
さらに、
「髪切りました?」
なんて私の変化にまで気付いてくれるもんだから、この場で倒れてもいいくらい嬉しかった。
「に、似合う?」
「いえ別に」
「柊くんはショート好き?」
「僕は髪の長い女性の方が好みです」
全否定。こんな否定されることある?ってくらい意地でも私を褒めない柊くん。
「……初体験も髪の長い女の人だった?」
「は?」
この話題を出したら絶対自分が傷付くって分かってるけど、ずっともやもやしていること黙ってられる我慢強さは私にない。
「私知らなかった。柊くん彼女いたことあったんだね……」
自分で言葉にして、ようやくその事実を実感して、死んだ方がマシなくらい胸が痛んだ。
中学時代はほぼ関わりがなかったとはいえ、幼馴染みの私に何かあったことをこれだけうまく隠せるってことは、今も彼女がいたっておかしくない。
なんて返ってくるんだろう。返答次第ではこの場で泣いてしまう。
嫌だ、聞きたくない。でも聞かないと悪い想像ばかりしてしまう。
意を決して返事を待つ私に、柊くんは言った。
「初体験は髪の長い女性でしたが、女性と交際をしたことはありません」