ラーシャス・ポイズン
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暗くなりつつある放課後、完全下校時刻のアナウンスが流れる頃、「柊くん」と見慣れた背中に呼びかけた。
柊くんは振り向いて私を視界に捉えると、失礼なことにとても嫌そうな顔をした。
「何故まだここに……」
「待ってた」
「君たちのクラスは6限までのはず……既に帰っていると思いましたが期待が外れましたね。敗北感です……」
「そんなこと言ってちょっとは嬉しいくせに」
「そうですね、疲れて帰ってきた家に大きめの害虫がいた時くらいには嬉しいかもしれません」
相変わらず厳しいことは言うが一緒に帰ることは許してくれる柊くん。
急いでローファーを履いてその隣に並びながら、今日習ったことを話す。
実験で勝手なことをした生徒がいて化学担当の教師が怒っただとか、世界史の先生が授業を忘れていて二十分遅れただとか。
そんななんでもない話を、柊くんは黙っているにせよちゃんと聞いてくれている。
「そういえば、今日は弐川くんがよく話しかけてきたよ」
と。さっきまで話を聞いているだけだった柊くんが急に質問をしてきた。
「彼と仲が良いんですか?」
それまで私の話をただ黙って聞いていた柊くんが、珍しく聞き返してきたので驚いたと同時に、少し嬉しく思った。聞いていないようでいてちゃんと私の話を聞いてくれているし、興味も持ってくれているようだ。
「仲が良いとかじゃないんだけど」
制定鞄を柊くんと反対側の肩にかけ直しながら、今日の弐川くんの奇行を思い出す。
「今日、話しかけてきてさ」
友達のいない私にとって話しかけてくる者の存在は貴重だ。気軽にどのクラスメイトとも会話をする人間なら弐川くんが話しかけてきたところで印象に残らないのだろうけれど、少なくとも私には「今日あった出来事」を報告する時にぱっと出てくるほどには意外な出来事だった。
「気にしない方がいいですよ、あれは」
やれやれ、といった風に柊くんがため息を吐く。
……“あれ”。表向き優男な柊くんがあれ呼ばわりするなんて、やっぱりそこそこ面識があるのだと確信した。
「柊くん、何で弐川くんのこと知ってるの?部活が一緒だったとか?」
「ああ、いえ。去年と一昨年同じクラスだったというだけです」
「ええ!?柊くんと同クラってことは、弐川くんって意外と頭いい人?」
「高等部のクラス分けは成績順ですが、中等部は違いましたから」
ああ、そうなんだ。
ってことは、中等部からこの学校に入れてたら、私も柊くんと同じクラスになれてたのかもしれないのかな。
生徒数が多いから可能性は低いだろうけど、もしかしたら……。
「またくだらないことを考えてるでしょう」
私の思考を遮るように、柊くんがこちらを見ずに言った。
「本当に、君は。子供の頃から何も変わっていない。そろそろ僕離れしてください」
夕暮れの空は不気味なくらい赤く、柊くんの赤ちゃんみたいに綺麗な肌を照らしている。
あはは、と乾いた笑いを漏らすだけ漏らして、はいともいいえとも言わなかった。