ラーシャス・ポイズン
「柊くん、これ、私たちが乗るバスじゃないよ」
「知っていますよ?」
あっけらかんと言い放った柊くんは、私の手を握ったまま窓際の席に座る。
「そういう気分だったので」
バスが交差点を左に曲がった。私たちの家は右方向だ。
明らかに違う方向へ向かっている。
「これ乗ってたら帰れないよ」
「帰る必要あります?」
「……柊くんがグレちゃった」
「いつも優等生なので、たまには良いでしょう」
戻らなきゃいけないのは分かってるけど、クーラーの効いた居心地の良い車内から降りる気にはなれない。
柊くんの手を振り解く気にもならない。
「このバスどこ向かってるの」
「さあ。方向的に県内のどの位置に向かっているのかは見当がつきますが、そこに何があるのかは知りません」
その言葉に、むふふと口角が上がった。
私はたまにこうしていい加減な行動を取る柊くんが大好きだ。
思い付きで二人で悪いことをして、お互いの親に沢山怒られた小さい頃を思い出す。
「後でお母さんに文句言われちゃうな」
「知ったことではないですよ」
本当は私なんかよりずーっとワルな柊くんが、窓の外を眺めながらあっさりそう言った。
どれくらい経っただろう。
バスに揺られて降りた場所は、少し辺鄙なところにある、観光地化されていないどこかの海水浴場だった。
県内にこんな場所があったのかと思った。
水が綺麗で透明度が高く、泳ぐ魚がはっきり見える。
「柊くん!貝!暗くなる前に貝探そう!」
裸足になって砂浜を駆け回る私とは裏腹に、柊くんは近くの自販機で買った水を飲みながら傍観者的な目でこちらを見てくる。
柊くんはプールは好きだけど海が嫌いだ。足が砂で汚れるのが好きじゃないらしい。
でもこういう時くらいはいいだろうと思ってその腕を引っ張る。
「殺されたいんですか」
「そこまで言う!?」
殺意のこもった目で見られたため慌てて放す。
仕方ない、貝は一人で探そうと思って歩き出した。
靴に砂が入らないゾーンを通って私に付いてきてくれる柊くん。
状況のせいでデートしているような感覚に陥った。
海水浴の時期は少し過ぎていることもあり、他の人は誰もいない。貸し切り状態だ。
しかし残念ながらあまり楽しむ時間はなさそうだ。夕日が沈もうとしている。
「今さ、この世界に二人きりでいるみたいだね」
言った後で、恥ずかしいことを言ったような気がして俯いた。
間を置いて、柊くんが返事をくれた。
「この世界には僕以外の人間が沢山いるんですよ」
「わかってるよ。別に本気で言ったわけじゃ……」
「分かっていないから、知らないから、僕に依存するんでしょう」
柊くんを振り返ると、真剣な眼と目が合った。
見つめ合うこと数秒、ざばんと波の音がすると同時に、
「――――危ない、」
バランスを崩して倒れそうになる私の元に手を伸ばし、受け止めようとした柊くん――だったが、距離があったために少し遅れ、私と一緒に海に倒れ込む。
柊くんが庇ってくれたおかげで私はそんなに痛くなかった。慌てて私の下にいる柊くんを起こす。
「大丈夫!?ごめん……ありがとう柊くん」
二人ともびしょびしょだ。僅かな潮の味が口内に広がった。
柊くんは何も言わない。周りがどんどん暗くなっているため、表情もよく見えない。
さすがに怒ったかな……とひやひやして、柊くんを間近で覗き込む。