ラーシャス・ポイズン
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翌日から、桜ちゃんは高一の教室によく来るようになった。
でも教室内に入ってくることはなくて、桜ちゃんが来たら私が廊下に出るのがパターン化した。
「何で入ってこないの?高等部の教室だから入りにくい?」と聞くと、「弐川くんがいるから」と答えられた。
秋一くんは、教室ではいつも女の子のグループときゃっきゃしている。秋一くんがお気に入りの桜ちゃんからしたら、それを見たくないのだろう。
お弁当も中庭で一緒に食べるようになった。
「同級生の友達は?」と聞くと「私と食べたくないんですか?」と聞き返されるので、それはもう聞かないことにした。
放課後は誰もいない教室でキスをして、過度な触れ合いをする。
最初の二日は桜ちゃんばかりが積極的だったけど、三日目から私からもキスをするようになった。
桜ちゃんも攻められる方が好きみたいだった。
――女の子に手を出すのは初めてで、今まで感じたことのない興奮に気がおかしくなりそうだった。
女の子を攻めるってこんな感じなのか、ってドキドキしながら触れた。
桜ちゃんから私に向けられる感情は、私が今まで向けられたどの感情よりも重くて執着的だった。
ずっと私といたがるし、スマホは毎回チェックされるし、授業後にちょっと誰かと喋っていたら不機嫌になる。
そんな重く愛されたのは初めてで、つい応えたくなってしまって、私は基本ずっと桜ちゃんと一緒にいることにした。
本当は柊くんと喋る時間もほしかったけど、柊くんへのアクションは学校が終わった後のLINE、寝る前のLINE、朝起きてからのLINEのみになった。もちろん三分の二の確率でガン無視されている。
私とどうして体の関係を持ったのか、どうして私が初恋の人だと教えてきたのか聞きたいけれど、怖くて聞けない気持ちもあって、未だ私たちは曖昧なままだ。
そうこうしているうちに、桜ちゃんとこんな関係になってから初めての金曜日が来た。
その日、桜ちゃんは私を秋一くんの机の上に押し倒して事を進めた。
私が攻めていたこれまでの流れとは一変、桜ちゃんは苛立った様子で私の中に指を出し入れする。
きっかけは、私と秋一くんが体の関係を持っていたことがバレたことだった。
援助交際していないかの確認のため、毎日のように私のスマホをチェックする桜ちゃんが、随分前に非表示にした秋一くんとのトーク画面を開いたのは、純粋にどんな会話をしているのか気になったからだろう。
でもそこにあったのは何時に家へ行くとかどこ集合とか早く来いとかのメッセージで、誰がどう見ても恋人かセフレかのやり取りだった。
昼間からずっとキレていた桜ちゃんは、「放課後覚えといてくださいね」と集団リンチ前の不良もびっくりの低い声でそう脅してきた。
そして、放課後に至る。
「何弐川くんに手ぇ出してんですか?クソビッチ」
「ごめ、ごめんッ……ってば、っ」
「謝りながら感じないでください、あーもう、いらいらする!」
桜ちゃんは同時に色んな人を好きになるのだ。それは分かっていたけれど、そこに私が加わると随分精神が安定しないらしい。
私のことも秋一くんのことも好きだからどっちにも嫉妬していて、心を休められないといった様子だ。
「…………だもん……」
「え?」
「弐川くんもあやめ先輩も私のだもん!!」
結構大きな声で怒鳴られたもんだから、教室の外に聞こえないかヒヤヒヤした。
もううちのクラスの生徒は全員帰っているとはいえ、万が一廊下を誰かが通ったとして、声を聞きつけて入ってきたりはしないだろうか。
私の心配を他所に、桜ちゃんの行動はエスカレートしていく。
私の制服のネクタイを解き、シャツをはだけさせ、敏感な部分をこれでもかってくらい抓る。
「痛ッ……た、」と痛がる私を満足気に見上げると、噛み付くみたいなキスをしてきた。
すぐにそれは“みたいな”でなくなって、実際に舌を噛んでくる桜ちゃんに、相当怒ってんな……と思いながら耐える。
こんな激しい感情をぶつけられたのは初めてだ。
桜ちゃんが私のことでこんな風になっていることに、少しだけ愉悦を覚えている自分がいた。
歪んでいる、と内省したその時。
「校内でレズセックスとか、俺並みにイカれてんねぇお前ら」
――――突然聞こえたその声に桜ちゃんの動きが止まる。
私も思わずヒュッと息を吸ったのち、信じたくない気持ちで横を見た。
「あ、どーぞぉ、続けて」
何でもない顔でそう言った秋一くんは、私たちのいる机の後ろの机に腰をかけて足を組んだ。
「話し掛けんなクソ男」
桜ちゃんが動きを再開しながら突然暴言を吐いたものだからギョッとする。
「今度はなァ~に怒ってんの?」
可笑しそうにクスクス笑う秋一くんと、私の体に触れながら秋一くんの方に顔を向ける桜ちゃん。
何気に、この二人が直接喋ってるのを見たのは初めてかもしれない。
「あやめ先輩とはなんもないって言ったじゃん」
「なんもねーもん」
「既セクのくせに」
「俺にとってセックスなんて何もないのと同じって知ってるっしょお?」
話すならこの行いを中断してからにしてほしい、と思う私の上にいる桜ちゃんの髪に、秋一くんが触れる。
「今度はそれでヘラってんの。かわいーね、お前」
聞いたこともないくらい優しい声にぐっと怯んだのは私だけではないようで、私の下に手を付けていた桜ちゃんの指の動きも同時に止まる。
すると、ゆっくりと秋一くんの視線がそこへと向かって。
「違うってぇ桜チャン。あやめちゃんはこうやって二本でくにくにされる方が好きなのぉ」
「ッ……」
急に横から秋一くんの指が触れてきて、喘ぐのを堪えるので必死だった。
しかし添えた指を同じテンポで上下されて、「あ、……」声にならない吐息が漏れる。
「……退いてよ。私があやめ先輩にする」
「だぁーめ♡ 十分ヤっただろ、今度は俺の番。桜ちゃんだって見たいっしょ?男のモノで“あやめ先輩”がどんな風に乱れるか」
そう言ってちゅっと桜ちゃんの唇に軽くキスをした秋一くんは、私の両足を両手で割り開き、間に入ってくる。
「久しぶりにあやめちゃん食わして?」
かちゃり、とベルトに手をかける音がする。
びっくりして引こうとした私の腰を、力強い両手が掴んでいた。
「俺の机汚すなよぉ?ヘンタイ」
耳元でそう囁いて、前戯もなしに入ってきた弐川秋一のそれは、夏頃何度も味わったはずなのに、期間が空いたが故に知らない男のもののように感じられた。
ああ、相変わらず最低だ。
久しぶりの会話がこれで、まだそんなに深く話したわけでもないのにセックスして。
この人は私の恋敵で、隣にいるのは女の子の後輩で、ここは学びの場であるはずの教室で。
思春期拗らせたクズ。いつの日か桜ちゃんが秋一くんをそう表現していた。
……やっぱり、似ている。
甘ったるい毒みたいな香りに包まれながら、快楽を享受する自分の声が、あの日の母親と重なった。