ラーシャス・ポイズン
秋一くんがストローに手を付けて、カルピスの中に沢山入っている氷がカランと鳴った。
「俺はちゃァんとそれを分かったうえで行動してる。あやめちゃんはどう?」
薄々分かっていたけれど、秋一くんが私のことを嫌いなのは、柊くんの幼馴染みだからってだけじゃない。
ただの嫉妬ではなく、私の性格や生き方への嫌悪もあるのだろうと感じる。
意図せず柊くんの同情心や庇護欲を煽っていた無自覚さが気に入らない、というのは前にも聞いたがもう一つ。
柊くんの背中を追わないと立っていられない脆弱さ――私はいつまでも一人では生き方を決められない甘ったれなのだ。
秋一くんから見ればイライラする以外の何物でもないだろう。
勝手に求めて追い縋り、神格化し、指標とし、生きる糧とする。
どこまでいっても柊くんは私と同い年の、“人より少し出来が良い男の子”で神じゃないのに。
私の依存心を恩人である柊くん一人に背負わせることへの不満――秋一くんが私に嫌な態度を取る理由の根本は、きっとこれだ。
でも。
「……じゃあ、どうすればいいわけ」
私はこれ以外の生き方を知らない。今更できない。
中学生になって柊くんが見えなくなった時、自分の中身が気持ち良いくらいガラガラと崩れていったのを覚えている。
何をしていいのか分からなくなって、何を目指して生きていいのか分からなくなって、生きていく理由も見えなくなった。
柊くんに依存する生き方以外にどういう生き方があるのか教えてほしい。
自分一人で地に立って、自分の価値を、生き方すらも自分で決められる周囲の人間が、私にとっては化け物に見える。
「俺と付き合う?あやめちゃん」
「………………は?」
しばらく思考の海に浸かっていたせいで、外部からかけられた言葉の意味を呑み込むのがワンテンポ遅れた。
この時間帯は人が来ないようで、私たちの声と流れる軽快な音楽だけが店内の静けさを壊している。
秋一くんの言動の理由をいちいち探っていたら身が持たないことは分かっていて、少しでも何を考えているのか探ろうと質問をした。
「……分かりきったことを一応聞くけど、私の事好きじゃないんだよね?」
「俺があやめちゃんのこと好きなように感じてたらこの子随分おめでたい頭してるなァと思って今の提案撤回するところだったよ」
「秋一くん、だんだん私に甘い対応してこなくなったよね」
「だぁってあやめちゃん、柊にじゅーぶん甘やかされてるっぽいもーん。俺が甘やかす必要あるぅ?」
いつの間にか出されたハンバーグを食べきっていた秋一くんが、テーブルに肘をつく。
「俺あやめちゃんとなら付き合える気がするんだよねぇ」
「私は全くそうは思わないけど……」
「はは、なまいき」
テーブルの下で軽く足を蹴られた。
前に伸ばしていた足を引っ込めて睨み付ける。
秋一くんは楽しそうに笑いながら自分のプレートに乗っていた野菜をこっちの皿に乗せてきた。この、野菜嫌いめ。
「優秀な人間の傍にいて優秀になれた気がするの、なんて言うか知ってるぅ?幻想って言うんだよ」
――幻想。さっきから私の生き方の根本を否定されてばかりで苦しい。
でもまるでフレームシフトが起こっているみたいに、未知の生き方に近付こうとしている高揚を感じる。
「あやめちゃんはきっとあれだよねぇ。自分の傍にある物、得た物で自分の価値を表現できると思いがち。柊が手に入ったらお前は柊なのぉ?違うでしょ」
……自分では意識していなかったけれど、言われてみればそうかもしれない。
「ここで考え方を修正するために、試しに“フツーの恋愛”してみな~い?歪んでるのはお互い様だし」
蹴られた向う脛を押さえながら相手の言いたいであろうことを整理する。
つまり秋一くんは、私や自分の柊くんへの感情は健全ではないから、改めて正しい恋愛を学ぼうと言っている……のか?
「……秋一くんにあんまメリットなくない?」
私はそれで変われるかもしれない。でも、秋一くんの方は自分の変化を望んでいるようには見えない。
秋一くんは今の自分に満足していて、変える気もないと解釈していたのだが違っただろうか。
すると、秋一くんは私の言葉を否定した。
「あるよぉ。名誉挽回できるでしょ」
「名誉挽回?」
「だーってあやめちゃん、全然俺のこと好きになってくれねぇんだもん」
なんて秋一くんらしいんだろう。
この男は自分の生き方とか正しい恋愛とか、難しいことをごちゃごちゃ考えたりなんてしない。
自分の興味、“面白そう”という感情だけで後先考えず動く刹那主義だ。
「俺落とそうと思った女の子落とせなかったことないから」
これであやめちゃんが正しい恋愛感情を知ったら、俺の勝ちね。
と、
秋一くんは甘く囁いた。