ラーシャス・ポイズン



その翌日の土曜日、久しぶりに生理が来た。

昔から酷い生理不順で、定義的には無月経な状態だった私は、トイレットペーパーに付いた血を見たのも半年ぶりだった。

あまりにも来ないから存在を忘れていた。生理用品を探したけれど、どこにあるか分からなかった。

前来た時に使いきってそのままだったかもしれない。

お母さんに連絡しようとしたけれど、今日は私の新しいお義父さんになる予定の人と出掛けているから、気が引けてやめた。


お母さんの再婚が正式に決まったのは昨日だ。

お母さんがそれを私に報告してきたのも昨日。

最近特定の相手と長続きしていることは何となく分かっていたけれど、まさか本当に結婚までいくとは思っていなかった。

相手は私が柊くんと海へ行って約束をすっぽかした、あの人。

あの時約束をすっぽかしてしまったから、結局まだ挨拶をしていない。

聞くところによると向こうもバツイチで、子どもが一人いるらしい。


今日の夜は四人でディナーに行こうという話になっていたけれど、この調子じゃ――駄目だ。


「……痛い……」


久しぶりに来ると、物凄く痛く感じる。生理用品を置いてあるかもしれない棚の前で、探すのをやめて蹲った私は、心なしか吐き気までしてくるのを必死に堪えた。


痛い、痛い、痛い。苦しい。

――何でこんな時にいないの?

この場にいない母親への不満の言葉が、今日は素直に頭に浮かんだ。

泣くほど痛い訳では無いはずなのに、目の縁から涙が伝う。

お母さんだって私が生理になったことなんて知らないんだから。折角再婚相手が見つかったんだから。仕方ないのは分かっている。


なのにこんなに不満を感じる自分が、我が儘で甘ったれで嫌だ。



ブー、ブー、ブー、とマナーモードにしているスマホが鳴った。着信だ。

しばらく動けずにいたが、ゆっくりと手を伸ばして開いた。画面には“弐川秋一”という文字が表示されている。

バツボタンを押して、通話を拒否した。

すると、しばらくしてまた着信が来る。


『切ってんじゃねーよぉ』
「……今、喋る気力ない」


それだけ答えて、ぶつりと通話を切った。

本当に声を出す気力がない。

冷たいフローリングに横になった私は、もう一度スマホの画面を見る。


【どした】


ぽん、と白色のメッセージが新しく出てくる。


【生理】
【カラオケ誘おーと思ったのに】
【まじでむり】
【そんな?】
【私生理痛酷い】


間があって、ぽんとまたメッセージが送られてきた。

“お大事に”と書かれた変なキャラクターのスタンプ。


ふ、と変な気持ちになって笑った私は、そのままスマホを床に置いて眠りについた。






正確には、眠りにつこうとした。


痛みで全然眠れない。お腹を擦りながら体勢を色々変えてみるけど、やっぱり痛いままだった。

あーくそ、寝れないなら他のことに意識を集中させよう。と思って、入れるだけで普段やっていない英単語アプリを開いてぼんやりとタップを続ける。




三十分くらい経った頃、ピンポーンとインターホンが鳴って、慌てて立ち上がった。


時間制限のある問題を解いていたので、玄関まで歩いているうちに不正解扱いになってしまった。


お母さんが鍵を忘れてインターホンを鳴らしたのかもしれない、と期待しながらドアを開けると、



「やっほぉ。今ひとりぃ〜?」


ぶかぶかの黒Tシャツを着た秋一くんが、コンビニの袋を持って立っていた。



「え、な、何でここが」

「家柊の家の近くだって聞いてたしぃ、表札に高坂って書いてたから。もしご両親いたらご挨拶もしとこっかな〜って。お邪魔しまぁす」


許可していないのにズカズカと入ってきて靴を脱ぎ、私の腰に手を回してリビングまで導く秋一くん。

コンビニの袋の中にペットボトルと生理用品が見えて、びっくりして顔を見上げた。


「……買ってきてくれたの」
「家に残ってた姉貴のやつ持ってきたぁ。どうせあるだろとは思ったけどねぇ」
「なかったから助かる……てか、お姉さんいたんだ」
「今は大学生で下宿してるけどねぇ。ほら、休んでていいよぉ。なんか欲しいもんあったら言って。鍵渡してもらえたら買ってくるから」


ソファに座って袋から出されたペットボトルを受け取る。


「……ありがとう」


この男、こういうのは面倒臭がるタイプだと思っていたのに違ったらしい。

感謝の言葉は存外あっさりと口から出てきた。


「飯食った?」
「朝は食べた」
「んじゃ、昼飯作ってあげよっかぁ?食べたいものある?」
「ないし、いいよ。今食欲しない」





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