ラーシャス・ポイズン
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「どしたのあやめちゃん。ずぶ濡れじゃん」
来る時は小雨だったのに秋一くんの家に来るまでに土砂降りになったせいでびしょびしょの妖怪と化した状態の私を見るなり、秋一くんは玄関で笑い転げた。
あれから、秋一くんが学校へ来たら悪事を問い詰めてやろうとずっと待ち構えていたのに、秋一くんは学校へ来なかった。
【どうしたの】とLINEすれば、【寝坊したから仮病した】【今日ほぼ自習だし問題ねーっしょ】だそうだ。
確かに今日はほぼ自習だったし、終わるのも早かった。
でも私は学校にいる間ずっと、秋一くんのしでかしたことについて何から責めたらいいのか分からずわなわなしていたから、自習どころではなかった。
クラスの女子たちが、
「秋一いなくね?」
「先生が腹痛だっつってたよ」
「ぜってー仮病じゃん」
と話しているのを聞きながら、自分なんかより彼女たちの方が余程秋一くんのことを知っているのではないかと思った。
息をするように嘘を吐ける人間だってこと、何となく分かっていたはずなのに。
「寒そ~。風呂貸してあげるからシャワー浴びてきな?」
ぽたぽたと雫を垂らす私の髪を、持ってきたタオルでわしゃわしゃ拭いた後、私を脱衣所まで案内する。
「柊くんが、桜ちゃんは自分の妹だって言ってたんだけど」
お風呂のお湯を沸かし、着替えを置いて脱衣所から出ていこうとする秋一くんの背中に向かって切り出した。
すると秋一くんはこちらを振り向いて、悪びれもなく笑った。
「あれ、もう知っちゃったんだァ。つまんね~」
「……私からしたら笑い事じゃないんだけど」
「修学旅行中のどっかでバレると予想してたんだけどな。どうご機嫌取りしようか楽しみにしてたのにぃ」
「私のこと搔き乱して何が楽しいの?泣いてる私見て少しも心痛まなかった?」
「痛まねーよぉ?だって面白ぇもん。俺に騙されて散々落ち込んでぐちゃぐちゃになって俺に怒って、って忙しくしてるあやめちゃん見るの、楽しいし。泣きながら電話かかってきた時、マジで面白かったなァ。コイツ馬鹿だな~、こんな勘違いするやつリアルにいるんだ~って笑い堪えるの必死だったぁ」
思わず平手で秋一くんの頬を叩きそうになって、でもできなかった。嘘でも優しくされた記憶が鮮明過ぎて。
この人何考えてるの。ただ楽しんでるだけ?多分九割それだ。残りの一割は、出会った当初は嫉妬で、今は――執着。
「でも桜ちゃんが柊の妹だって聞いたってことはぁ、俺に隠れて柊に会ったってことだよねぇ?」
秋一くんの手がぐっと伸びてきて、私の胸ぐらを掴む。
整った顔立ちが、息がかかりそうなくらいの至近距離に迫る。
「俺の“カノジョ”なのに、知らないところで他の男に尻尾振ったんだ?」
どうして私は。
――――どうしてこんな厄介な男に恋してしまったんだろう。
こいつは珍しくなかなか落ちない私を落とすのを楽しんでいるだけで、
私が自分を好きになったら気紛れに飽きて捨てるのに。