ラーシャス・ポイズン
博多バスターミナルからバスで40分。
人で賑わう太宰府天満宮は、参拝者で賑わっている。
なんと秋一くんが歩き疲れたのか「俺学問の神様キョーミない。桜ちゃんとスタバいるねぇ」と太宰府天満宮に向かう途中にあるスターバックスコーヒーへ入っていってしまった。
桜ちゃんも期間限定のフラペチーノが飲みたいと思っていたらしく、るんるんで付いていってしまう。
ちゃんと普通の恋人をやろうと誘ってきたのは誰だったか。
普通の彼氏とは、彼女が他の男――それも慕っていた男と二人で太宰府天満宮へ行くのをあっさり見送る男なのか。彼女を放って体の関係のある女の子と二人でスタバへ入る男なのか。
分からない……もう何も分からない。
秋一くんなんて学問の神様に怒られてしまえばいいんだ。
不貞腐れながら柊くんと一緒に御神牛の頭を撫でた。
私があまりにぶすっとしているせいか柊くんが怪訝そうに覗き込んできたので、ぱっと笑顔を作る。
折角旅行に来ているのに、秋一くんのせいで楽しめないなんて嫌だ。気を取り直して歩き始めた。
心字池と呼ばれる池に、反った赤い橋がかかっていた。
その一つ目を渡っていた時、ふと、柊くんが振り返った。
「どうしたの?」と聞くと、「いや」と答えて前を向く。
二つ目の橋では、多くの人が立ち止まって池の写真を撮っていた。
私たちも橋の端に寄り、私だけ写真を撮った。
柊くんはこういう時に写真を撮らない。
自分の目で見る瞬間の方が美しいからと。その瞬間はいつか消える儚いものだから美しいのだと。
私たちはしばらくそうして立ち止まって池を眺めていた。
「貴女は何を考えているんですか?」
沈黙を破ったのは柊くんだった。
質問の意図が分からず柊くんを見上げ、言葉の続きを待ったが、
「……いや。聞くだけ無駄ですね。貴方の思考や行動は昔から、僕の理解の範疇を超えている」
自分の中で完結したように、柊くんが歩き出した。
私はその後ろを付いていって、小走りして並んだ。
……何を考えているのか、分からないのはこっちだよ柊くん。
三本の橋を渡り、鳥居をくぐると、右側に手水舎が見えてきた。
柊くんがずっと無言なので、おそるおそる話し掛けようと口を開く。
「ひいらぎく、」
「僕は告白をしましたよね」
「え」
予想外の問いかけに間抜けな声が出た。
…………え?
「僕はあのホテルで貴女に好きだと伝えたはずです。それが急によそよそしくなって、弐川くんと付き合い始め、挙句の果てには僕に向かって“桜ちゃんと付き合ってるのに”?一体、いつ、僕が、そんなことを、言いました?この僕の聡明な頭脳を使って何度考えても貴女の思考回路が何一つとして理解できなかったんですが、ひょっとして宇宙人なんでしょうか?びっくりです」
「好きとか言ってないじゃん!」
宇宙人呼ばわりまでされて、慌てて反論する。
そう、柊くんは私が初恋の人だと言ったが、今好きな人だとは言わなかった。付き合ってほしいとかそういう言葉もなかった。
「あの流れで抱いたんだからそういうことでしょう。貴女も受け入れたのだから、僕は気持ちが一致したということだと思ったんですがね。宇宙の常識ではそうではなかったんですかね?」
「え、え、じゃあ付き合ってるつもりだったってこと!?でも柊くん、私があの後いっぱいLINEしてもガン無視だったじゃん!彼氏の冷たさじゃないよあれ」
「いやあれは高坂さんが調子に乗って鬱陶しかったので……」
「素で鬱陶しがらないで!?」
一気に与えられた衝撃の新情報を処理できず慌てふためく私の手を柊くんが取った。
「やはり伝わっていなかったようなので、やり直します」
かと思えば、もう片方の手でポケットからスマホを取り出して操作しながら、ずんずんと私を引っ張って歩き始める。
本殿で参拝を済ませると、また私を引っ張って経路通りに太宰府天満宮の外へ出ていく。
ヴーーー、とバイブ音がして画面を開くと、この修学旅行用に作った私たち四人のLINEグループに、
【高坂さんと僕は先にホテルに向かいます。あとは二人で好きに観光して、気が済んだら帰ってきてください】
というメッセージが送られていた。