ラーシャス・ポイズン
「あれぇ?こっちの部屋にいたんだぁ」
人の声がして緊張が解ける、と同時に別種の緊張が走った。
物思いにふけりすぎて他の音が入ってきていなかった。部屋にはいつの間にか帰ってきていたらしい秋一くんと桜ちゃんが立っている。
秋一くんの手が桜ちゃんの腰に回っていて、確実にこの部屋に連れ込んで性的な行為に及ぼうとしていたことが推測できる。
……私との恋人ごっこにはもう飽きたのか。
嫌な気持ちになりながら二人を凝視していると、顎を掴んで柊くんの方を向かされた。
「邪魔です。少し退室していてください」
秋一くんたちの方を向かずに発された言葉。その直後、首元にキスをされた。
ぎょっとして身じろぐが、両手首を柊くんに押さえられていて逃げられない。
おそるおそる秋一くんをもう一度見上げると、秋一くんは――不敵に笑っていた。
「いいよぉ、今日だけ許したげる。見ててあげるから、俺の前で柊に抱かれて、あやめちゃん」
くすくす可笑しそうに肩を揺らす秋一くんは、桜ちゃんを引っ張って隣のベッドに腰をかけた。
柊くん、自分のベッドに服のまま座られるの嫌そうだったけど……。ちらりと柊くんを見るが、感情の読めない表情で何度も私にキスをするばかりで、秋一くんの存在を認識しているのかも分からないくらいこちらに集中している様子だった。
「ん……っふ、」
キスが気持ち良すぎて体の力が抜けていく。
最初に抱かれた時も思った、キスがうまいってこういうことなんだって。
柊くんにキスされながら、隣に秋一くんがいるのだと思うとぞくぞくした。
隣で秋一くんが桜ちゃんにキスをする音がする。
明らかに情事が始まる前の色っぽいリップ音で、隣で妹が抱かれそうになっているのに大丈夫だろうかと柊くんの様子を窺うが、柊くんはやはりこちらにしか意識が向いていないような、獣みたいな目で私を見下ろしていた。
興奮して何も言葉が出ない。でも自分が何に興奮しているのかと言われれば、柊くん単体にではなかった。
全てが好みの男に半ば強引に襲われながら、隣で好きな男が私との共通のセフレだった年下の女の子を抱いていて、ここは修学旅行という清き学びの機会のために取られたホテルの一室――この最低な状況に興奮する。
「……前よりぐしょぐしょですね」
柊くんが、私の下着の中に指を這わせながら、はぁと色っぽい息を吐く。
相変わらずそんなにかける?ってくらい時間をかけてゆっくり私の体を解す柊くんとは違って秋一くんはスピーディーで、隣のベッドが既にぎしぎしと揺れていて、抑えきれなかった様子の後輩の喘ぎが私の耳に届く。
柊くんが私の耳を食み、何度も指を往復させ、深いキスを繰り返していくうちに私は声もなく達していた。
浅い呼吸をしながらぐったりする私の前で制服のベルトを外す音がする。
柊くんが私の両足を割り開き、間に入ってきて自分のものをあてがったその時、私は無意識に秋一くんの方を見てしまった。
桜ちゃんを組み敷く秋一くんと目が合う。
(ほんとにこっち見てる、)
その視線でまだ当てられただけにも関わらず私が軽く達したのと、
「あーーー、意外と無理だわァ」
と言って秋一くんがずるりと自分を桜ちゃんの中から抜いたのはほぼ同時だった。
「俺こういうの向いてないみたぁい。桜ちゃんの部屋でヤってるねぇ」
ブツをパンツにしまってチャックをしめた秋一くんは、桜ちゃんの腕を掴んで立たせ、部屋から出ていく。
その様子を私も柊くんもポカンと見ていた。
完全にムードがなくなった。
私の熱も冷めていき、ある程度冷静に柊くんを見上げると、柊くんもスマホを片手に時刻を確認している。
「……もうすぐ点呼の時間ですね」
部屋の時計を見てももうすぐ5時だった。
いつの間にか外されていたブラのホックとシャツのボタンをとめる。
気まずい空気が流れ緊張したが、ぎゅっとスカートを握って思い切って声をかけた。
「柊くんあのね、」
「いいです」
すると、柊くんが遮るように何かを断る。
「いいですよ。もう分かりました」
「……なにが」
「あなたが誰を想っているのか、分かりました。“前”と明らかに反応が違う」
黙り込む私に、柊くんは悲しそうに、しかしどこか嬉しそうに薄く笑った。
それは私がこの高校へ編入してきた時に見せた嘲笑とは違っていた。
「高坂さんは僕を卒業したわけだ」
喜ばしいことのはずなのにどうして胸が痛むんだろう。その表情が幼き日の小さな柊くんと重なったのだ。
行こうとする柊くんの服の裾を掴んで、少しだけ止めた。
「……夕食の時間が終わったら話したいことがある。夜私と抜け出してくれないかな」
このイカれた恋にケリをつけよう。
大好きだった“ひいらぎくん”にサヨナラするんだ。