ラーシャス・ポイズン
イギリスから帰ってきたのは中学二年生の時。
物心がついた時からお盆と正月以外ママやお兄ちゃんと離れていた私にとって、日本にあるママたちの家は他人の家のようだった。
私は日本の中学校に通い始めた。お兄ちゃんと同じ中学校だった。
勉強なんてまるでできないけれど、帰国子女は何か凄い存在のように扱われたし、顔がいいのでクラスでは一目置かれた。
暇潰しに色んな男の子と遊んで過ごしたけれど、どいつもこいつも私の重さに耐えきれずに離れていった。
覚悟ねぇなら近付いてくんなよ、顔しか見てない猿どもが。
女の子の方が恋人を優先順位の一番に置いてる子が多いから恋愛観合うけど、クズだから私は女の子と付き合ってもちんこが欲しくなる。
かと言って、私を一人で抱えきれる男なんてこの世にいない。
これからも常に五股くらいして生きていくのが、私の生き方の最適解な気がしていた。
イギリスにいた頃は一人二人としかヤったことのなかったはずの私が経験人数を数えるのをやめた頃、家に一つ年上のお兄ちゃんの友達が遊びに来るようになった。
名前は弐川秋一。お兄ちゃんがよく話していた剣道部の“弐川くん”。
鼻筋が通っていて彫りの深い顔立ちで、色素が薄くベージュ色の髪をしている少し外国人じみた彼の見た目は、私の好みだった。
一目見てヤリたいって思った。
私くらい可愛い女が誘えば引っかかってくれる自信はあったし、――実際は向こうから仕掛けてきた。
最初に抱かれたのはクリスマスイブ。
デートをして、初めてリップティントを買ってもらって、近場のホテルでとびきり優しく抱かれた。
私は自分から強引に迫って篭絡するつもりだったから、積極的に口説かれたのはほぼ予想外で、コイツ友達の妹にまで手ぇ出すの頭おかしいんじゃないって思った。
しかも私とヤったことをお兄ちゃんに隠さないもんだから、コイツマジで常識がないと思った。
しばらくして、弐川くんが私だけを特別扱いしていることを知った。
明らかに他の女より私を優先していたから。
弐川くんは私を好きなんだって思った。
私は呼び出したらすぐに来てくれて、どれだけメンブレしても鬱陶しがらない弐川くんの存在に甘えた。
彼氏と喧嘩して病んだらすぐ弐川くんに泣きつき、慰めてもらい、セックスをしてもらって機嫌を直した。
男は色々いたけれど、私を慰めるのは弐川くんが一番うまかった。
私は彼氏が他の女と遊ぶのもLINEするのもインスタで相互でいるのも他の女を可愛いって言うのも嫌だから、やっぱり誰かと付き合って満足することなんてなかった。
依存先を分散して生きていくしかない。この可愛い顔を利用して色んな人と関係を持ちながら生きていく、という元々あった方針が固まりつつあった。
彼氏もいなきゃだめだけど、他の複数の男も、都合いい弐川くんもいなきゃダメ。みんな好き。みんな私のモノじゃないと気が済まない。
弐川くんも、私みたいな女を好きになって可哀想にって思ってた。
冬のある日、お兄ちゃんと私と弐川くんで炬燵でお鍋して、テレビをつけっぱなしのまま寝転がっていると、私は眠ってしまっていた。
ふと目を覚ます頃、お兄ちゃんと弐川くんが喋っているのが聞こえた。
「あまり桜を振り回さないでくださいね」
「え~?俺桜ちゃんに関しては真剣なんだけどなァ」
「貴方の真剣は真剣じゃないんですよ」
私の話だと思って、起きるに起きられなくなった。
「まさか僕の妹にまで手を出すとは……。道徳ってご存知でしょうか?」
「だぁ~ってこうでもしねェと柊の気ぃ引けねぇじゃん」
「最近忙しいんですよ。特進クラスに行くには卒業試験でも好成績を残さなければいけないんです」
「俺ごちゃごちゃ言い訳つけて構ってくれない男嫌いよぉ?」
お兄ちゃんが、深い溜め息を吐いた後、弐川くんにキスする音がした。
その音は徐々に卑猥な音へ変わっていき、行為がエスカレートしていくのを、動きの気配と音のみで感じていた。
炬燵の中にある体が熱くなっていくのを我慢しながら、寝返りもできずに息を殺した。辛い時間だった。
分かってしまった。
弐川くんが私に優しいのは、私がお兄ちゃんの“妹”だからってこと。