ラーシャス・ポイズン
弐川くんのお兄ちゃんへの気持ちを知っても、手放すことはできなかった。
むしろお兄ちゃんのことが好きなままでいてくれれば、弐川くんはずっと私の傍にいるって安堵した。
何度も体を重ねて、甘えて、好きだ愛していると言葉だけをもらって息をしていた。
中学三年生の春、お兄ちゃんは高等部の特進クラスに進学し、弐川くんは普通科に上がった。
それからしばらくして、弐川くんが私といる時にクラスメイトの女の話をするようになった。
私の家の近くに住む女で、お兄ちゃんと昔から仲が良いらしい。
高坂あやめ。弐川くんが私と一緒にいる時に他の女の話をすること自体珍しいから、やけにその名前が耳に残った。
最初こっそり見に行った時、元がいい、と思った。
顔のパーツ一つ一つが整っていて、配置も悪くない。
物凄く美人というわけではないけど、ちゃんと化粧をすればもっと可愛くなるのにと思った。
でも私よりは可愛くないからホッとした。
弐川くんのいつもの気紛れだ。続いても一か月。
お兄ちゃんと仲の良い女だから興味を引かれているだけ。
実際そうだったし、弐川くんにとって高坂あやめが特別である様子は全くなかった。
それがある時、何がきっかけだか知らないが、少し変わった気がした時があった。
本人は巧妙に隠しているけれど、私はずっと見ているから分かってしまった。弐川くんの心境に変化があったこと。
そんな顔、私以外の女と居る時に見せたことないでしょ。
初めて弐川くんが自分から離れていく予感がした。
弐川くんも所詮他の男と同じなんだって思った。
ずっと私の傍にいてくれる男が存在するなんてどうして思ったんだろうって自己嫌悪した。
――まぁいつものことか。
セフレが一人いなくなるだけだとあっさり割り切ろうとしていた夏休みのある日、一応付き合っていた彼氏に突然別れを告げられた。
他の男との浮気がバレたのが原因だった。私元々隠してなかったし、理解したうえで付き合ってくれてるのだと思っていたが違ったらしい。
『桜は俺だけじゃなくて色んな男が好きで、俺のものにならないんだろ』――電話の向こうで言われたその言葉を、商店街へ行くまでの電車の中で反芻した。
つまんねー男。
だから何だよ。
浮気する私も好きでいろよ。
自分だけ見てくれる女が欲しいだけなら最初っから他行けや。
むしゃくしゃして、適当に男釣ってセックスしようと思いながら買い物ついでに商店街を歩いていると、タイミングよく若い男にナンパされた。
ブランドものの服着てるし金持ってそうだし、顔も悪くない。変な英語喋ってるのは気になるけど、……一発ヤるかあ。
手を引かれて付いていこうとした時、逆側の手を誰かに掴まれた。
「……ちょ、ちょっと」
振り返るとそこには――高坂あやめ。
「この子私の連れなんですけど、どこ連れていく気ですか?」
何でお前が止める!? ツッこみたい気持ちしか湧いてこなかったが、高坂あやめはいたって真面目な様子で、
「辛くても、失ったものを埋めるみたいに誰でもいいから付いていくのは、やめといた方がいいよ。桜ちゃん可愛いから相手には困らないだろうけど。私はそうやって経験しなくていい痛みを多く味わったから、誰かに勧める気は全然起きない」
と謎の説教をかまし、「じゃあ私、トイレットペーパー買いに行くから。」と去っていった。
マジで意味が分からない。お前の価値観押し付けてくんなよ。つーかお前のせいで獲物逃がしたから代わりに抱けよ。
バカでお人よしで自分の物差しで人に説教をする、私が一番嫌いなタイプの人間。
あーあ。彼氏と別れて一人補充しなきゃいけないのに、何邪魔してくれてんだか。
責任取れよという気持ちで勝手に連絡先教えてもらって追加した。
【今度タピオカ飲みに行きませんか】
それから、頻繁にあやめ先輩と遊ぶようになった。
あやめ先輩は他の男よりレスポンス遅いけど、遊ぼうって誘ったら必ず遊んでくれる。
こいつ友達いないんだ~って思って、それでご機嫌になっている自分がいることに驚いた。
ぎゅってしたら抱き締め返してくれるし、遊んでくれるし、愚痴聞いてくれるし、体の関係もないのにこんなに仲良くしてくれる“先輩”は初めてだった。
ずっと私とだけ遊んでほしい。自分が抱くあやめ先輩への好意を自覚するのは遅くなかった。
弐川くんとあやめ先輩が仲良くしているのを想像するとメンタルが不安定になる。
どっちに嫉妬していいか分からない。
あやめ先輩に対して嫉妬して物凄くイライラして、怒りをぶつけてしまうこともあった。
どれだけ酷いことを言ってもあやめ先輩が私から離れていかないから、甘えてしまう。
あやめ先輩のことも好きだし、弐川くんのことも好き。
最低な後輩でごめんなさい。