ラーシャス・ポイズン



体から血の気が引くような感覚がしてすぐには何も言えなかった。

分かり切っていたことのはずなのに、改めて思い知る。

弐川くんがあの頃のお兄ちゃんに対して執着していたのと同じように、今はあやめ先輩に執着していること。


「弐川くん、私のこと好き?」
「ん~?好きだよぉ?桜ちゃんだぁいすき」
「……」
「なあに、不安になっちゃった?」


――――弐川くんの口先だけの好きなんて、何の意味もなさないこと。


新作のフラペチーノが思っていたよりも甘ったるくて吐きそうになった。


その時弐川くんと私のスマホが同時に鳴って、ストローをぶすぶすフラペチーノにさしてる私じゃなくて弐川くんが先に画面を見た。

そして一瞬ぴくりと眉を寄せたから、何だろうと思って私も弐川くんの画面を覗き込む。


【高坂さんと僕は先にホテルに向かいます。あとは二人で好きに観光して、気が済んだら帰ってきてください】


お兄ちゃんのそんなメッセージが私たちのグループに送られている。


「桜ちゃん、あとどれくらいで飲み終わりそ~?」
「……まだ飲み始めたばっかなんだけど」
「ふぅん。ま、ゆっくりしていーよ。飲み終わったら行こっかぁ」


そう言って背凭れに背中を預け足を組み替える弐川くんは、とてもこの後“二人で好きに観光”するつもりがあるようには見えなかった。

でも、焦ってるくせにここで私を放って走り出すなんてダサい真似しないところが、弐川くんだと思った。




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実の兄の官能シーンを見るのはなかなかキツい心境だった。

弐川くんが「あいつらぁ?いないいない、どーせあやめちゃんたちの部屋でしょお。俺らはこっちで楽しも~?」なんていい加減なことを言ってきたから弐川くんたちの部屋に入ったのに、案の定部屋の中にはお兄ちゃんとあやめ先輩がいて、しかもとてもフってフラれた関係とは思えないような体勢だった。


兄のラブシーンを見たショックで硬直する私の腰を引き寄せ、絶句しているあやめ先輩に向かって、弐川くんがこう言い放った。


「いいよぉ、今日だけ許したげる。見ててあげるから、俺の前で柊に抱かれて、あやめちゃん」


……正気か?さすがに見たくないんだけど、という私の心境を知ってか知らずか、弐川くんはお兄ちゃんとあやめ先輩を私に見せないように、ふかふかのベッドに深く押し倒してくる。

そのまま優しくキスをしてきて、身体に触れてきて、いやお前は楽しいかもしれないが私は実の兄の前だぞと僅かに抵抗する腰を掴まれた。

見上げると獣みたいな瞳と目が合った。前戯も程々に弐川くんの弐川くんが私の足を割り開いて中へ入ってきて、漏れる吐息が声にならないよう我慢するのに必死だ。

しかし弐川くんの熱っぽい視線はすぐに私から逸らされ、あやめ先輩たちのベッドの方へと向けられる。それがムカついておもくそ中を締めたけど、その色素の薄い瞳がこちらを向くことはなかった。

何回か律動を繰り返した弐川くんは、途中でハァ、と短く息を吐いて私の上に覆い被さった。


「あーーー、意外と無理だわァ」


ずるりと私の中から硬度の失せた一物が出ていく。


「俺こういうの向いてないみたぁい。桜ちゃんの部屋でヤってるねぇ」


ズボンのチャックをしめた弐川くんが、私を立たせて部屋を出ようとする。

あの弐川くんが中折れした衝撃で動きが鈍る私の服のボタンを弐川くんが留めてくれた。








お兄ちゃんとあやめ先輩を置いて部屋を出た後、弐川くんは私たちの部屋には戻らずそのままロビーへ下りてホテルを出た。


もうすぐ点呼の時刻のため、戻ってくる生徒たちと多くすれ違う。

逆行しているのは私たちだけだ。


弐川くんはあの部屋を出た時からずっと私の手首を掴んでいる。その背中が助けを求めているように見えて振り解くことができなかった。


「……弐川くん、バカなの」


あの部屋を出てからずっとお互い無言だったから、これが私の第一声だ。


「バカかもねぇ」


弐川くんはそれを否定しなかった。


「あやめ先輩のこと好きでしょう」
「好きだけど、多分まともな恋じゃねーよ」


ひねくれ者の弐川くんがこれも否定しなかったことが、深い意味のあることだと思った。


「恋愛は沼った方が負けなんだよ」
「俺負けてんの~?あやめちゃんごときにぃ?」
「認めたら。あやめ先輩への気持ち丸出しのまま傍に居られんのマジでウザい」
「でも俺、誰も一番にする気ねぇもん。あやめちゃんが世界で一番好き~とかァ、あやめちゃんだけしか見れな~いみたいな感情は多分一生抱かねぇよ?」
「………………しゃらくせぇんだよ」


私が立ち止まったことで、私の手を掴んでいる弐川くんも引っ張られて振り返った。



しゃらくせえんだよ。

あやめ先輩もお兄ちゃんも弐川くんも、――私も。



「うざい!めんどくさい!回りくどい!何意地張ってんの!?必死になるのが怖いだけじゃん。求めても手に入らなかったらダサいから求めようとしてないだけじゃん。そんなこと一生やってるから拗れるんでしょ。女は言葉と行動と態度が欲しいんだよ!それでもたらしかよ、私の方が女落とせるわ!お前が必要だから俺を見てほしい、他の男とああいうことすんの嫌だ、お前のこととなると冷静じゃいられない、今までの俺じゃないくらいのこと今すぐ迎えに行って言ってみろよクソが!」



突然大声で暴言を吐いた私を、弐川くんがぎょっとした顔で見てくる。



ああ、すっきりした。



ずーーーーーっとイライラしてたんだ。



はっきりしない弐川くん、それでも私と一緒に居ようとする弐川くん。


一緒にいて他の女のことを考えられるくらいならもう要らない。





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