ラーシャス・ポイズン
その日の夜、あやめちゃんから電話がかかってきた。
昼間と同じように、色んな話をされた。
新しい妹とは仲良くやっていけそうなことや、新しい父親は営業の仕事をやっていて素で声が大きいこと、――東京への引っ越しをお願いされたこと。
それでいいのかと聞くと、あやめちゃんは意外にもあっさりと『ん?あぁ、それはいいと思ってる』と言った。
新しくできた妹が可愛くて仕方ないといった様子だった。必死に勉強をして入ったであろううちの高校への執着など忘れているのだろう。
『私に可愛がる資格があるのかどうかは分からないけど、汚いものからは守ってあげたいな』
そう言うあやめちゃんの声音が、これまでと随分違うものであるように感じた。
同時に激しい違和感を覚えた。柊の傍にいなくていいのかと。
「……あやめちゃんさぁ、」
『ん?』
「あー、いや、何でもない」
でもそれを俺が口にするのは、柊に敗北したみたいで嫌だった。
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修学旅行が終わり、冬になる頃には、あやめちゃんは本当に転校していってしまった。
あやめちゃんがいないので俺は元居た女の子のグループで楽しく遊んだ。
その中の一人にまた手を出してしまった時、俺はあることを決意した。
あやめちゃんが引っ越してから三か月ほどが経っていた。
電車で東京まで行って、あやめちゃんの家に足を運んだ。
あやめちゃんは新しい制服で、髪を切っていた。
家族がすぐ帰ってくるとのことだったので、近くのカフェへ行って話をした。
新しい学校では決して多くはないにせよ数人友達がいるようで、LINEのトーク画面は友達ゼロだった以前よりも充実していた。
援助交際ももうしていないようで、不思議と生理もある程度安定してきたらしい。
表情も以前よりずっと明るくなっている。
「あやめちゃん、別れよ」
あやめちゃんが冷めつつあるコーヒーのカップを片手に取ったタイミングでそう言った。
あやめちゃんは少しも驚いていない様子だった。
「言うと思った」
悲しそうな素振りは一つもなく、ただ苦笑していた。
「東京まで来るって言うから、なんか大事な話だと思ったし。でもちゃんと直接言ってくれるなんて、変わったね」
元々あくまで“恋人ごっこ”で、きちんと付き合っていたわけではない。
わざわざ言いに来ずとも、適当に電話で済ませればいい話だ。
それでもここへ来たのは――やっぱり相手があやめちゃんだからかなぁ。
「一応聞くけど、何で?」
「俺遠距離ムリ。他の女に手ぇ出しちゃう」
「あー…………なるほどねえ」
秋一くんらしいね、とあやめちゃんは笑った。
あやめちゃんとは傍にいる分には相性が良かった。でも傍にいないと寂しいし。
元々の性質上遠距離恋愛で浮気しないって俺には無理だから、今日これを伝えに来た。
「でも俺あやめちゃんのこと好きなんだよねぇ」
さすがにこれは予想外のセリフだったのか、あやめちゃんがぎょっとした顔をした。
あは、おもしろ。
「そ、そそそそれ、私が前に言おうと思いつつやめたセリフ……! 今はまだ時期じゃないと思ってゆっくりお互いの気持ちを知っていこうと思ってたのに……!」
「え、あやめちゃん俺のこと好きなのぉ?まぁ俺たち似た者同士だしねぇ。感情の変化のタイミングも同じで当然かぁ」
慌てふためくあやめちゃんは、手を震わせすぎてコーヒーをテーブルにぽたぽた零してしまっている。
その反対側の手に指を絡めて、あやめちゃんの目を見て聞いた。
「好きだから、こうしてたまに会いに来ていーい?」
「……東京まで?」
「うん。そりゃ俺だって二時間とかかかるんだったらやめるけど、隣県だし、お金もそんなかかんないしぃ」
「……」
「今ここで別れるし、俺は他の女とも関係持つし、でもあやめちゃんのことが好きだから、会いに来る」
「……ほんと、勝手」
「俺がまともな男じゃないの最初から知ってるっしょお?」
あやめちゃんはしばらく俺をじとっと睨み付けていたが、その後脱力したように溜め息を吐き、「……分かった」と諦めたように言った。
卒業したらあやめちゃんのとこ行くし、近距離になったら改めて付き合おって言うから、それまで他の男作んないでね。
って、まだ言わないでおこう。