シリアル・ホラー
 言っていることに一理あるので、パワハラで訴えようにもなかなか難しい。当然、他の社員に対する態度や声音、口調は全く違う。私にだけ辛く、厳しく当たるのだ。私はお局様に目をつけられ、嫌われている。理由はよくわからない。いつだったか突然、そういう態度を取るようになったのだ。たぶんお局様にはお局様の理由があって、自分の方が被害者だと主張するのだろう。管理職に訴えようにも、お局様の顔色を窺っている“体たらく”なので頼りにならない。唯一救いなのは、こうして外回りに出るとあのクソムカつく顔を見ず、声を聞かずに済むところだ。だから私は、できる限り率先して外回りに出る。暑い夏は地獄だが、職場の地獄に比べればよほど天国に近い。

「ふう」

 気候が落ち着いてきたとはいえ、歩いていると額に汗が滲む。これからクライアントに会うというのに、汗臭くなってはまずい。私はハンドファンを取り出して首筋に当てながら、目的のビルを見た。
 そこは高層ビルに囲まれた一角にある、小さなビルだった。そこそこ新しいが特にお店などは入っておらず、複数の中小企業が同居するテナントビルだ。
 街路樹が涼しそうな木陰を作り、都会の雑踏が一瞬だけ遠くなる。私は自動ドアを通り、エントランスへと入った。

「えっと……」

 目的の会社は「鄭厘(じょうりん)公司(こんす)」。中国系の投資会社だが、うちの技術系テンプレートを採用してくれている。会社の基礎プログラムを載せる重要な基盤となる。今日はそのアップデートのプレゼンのために来たのだ。
 私は腕時計を見る。10時5分前。こういうアポは、早くても遅くても相手に迷惑をかける。時間的にちょうどいい。

「よし」

 私は頷いてエントランスを突っ切り、エレベータの△ボタンを押した。エレベータは1台。見上げると、6Fに止まっていたらしく、5、4と光が降りてきた。
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