シリアル・ホラー
「はい、鄭厘(じょうりん)公司(こんす)です」

 スピーカから聞こえた受付らしい女性の声に、思わず涙が出そうになった。

「あの、本日プレゼンにお伺いする予定のハード・リカバリーの(よもぎ)リカです。10時にお伺いする予定でしたが、トラブルに巻き込まれておりまして少し遅れます。申し訳ございません」
「わかりました。お気をつけていらしてください」
「はい、ありがとうございます」

 人間的なやりとりに涙が出そうになる。とにかく早く4Fに行って、仕事しなきゃ。私はまたエレベータに戻り、「4」を押した。



 あれから一週間が過ぎた。私はまだ6Fから出られずにいた。
 不思議なことに、私は空腹を覚えずにいた。何も食べなくても、生きていられるのだ。当然、排泄もしない。トイレの水は普通に出るのだが、飲む必要はない。水が出るということはどこかと繋がっているのだろうが、私は出られずにいる。

「はい、鄭厘(じょうりん)公司(こんす)です」

 もう何度電話したかわからない。

「た…… 助けて……」
「わかりました。お気をつけていらしてください」

 何を言っても、返って来るのは同じ言葉だけ。

「ああああああああっ!」

 ドアに身体ごと体当たりする。華奢に思えた木製のドアは、殴っても蹴ってもびくともしない。磨りガラスも同様で、ヒビ一つ入らない。
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