あのね、わたし、まっていたの  ~友愛の物語~ 【新編集版】
 翌日、1年生部員が全員退部届を出したことで事件が明るみに出た。
 加えて、タバコの火を押しつけられた部員の親が警察に被害届を出したことで報道関係者の目に触れ、一気に炎上していった。
 
『名門大学ラグビー部、モラル無き狂宴!』

 新聞各紙の一面や社会面、スポーツ面にこの文字が踊った。

 大学は緊急理事会を開いて特別調査委員会を立ち上げると共に、ラグビー部の活動停止を決定した。
 監督、コーチ、部員は、全員自宅待機となり、特別調査委員会からヒアリングを受けることになった。
 
 その後、特別調査委員会による事情聴取と警察の捜査結果から3年生の陰ボス部員に全責任があるとの結論が出されたが、ラグビー部は1年間の活動自粛となり、責任を問われた監督とコーチは1年間の指導禁止が言い渡された。
 事実上の休部であった。

 夏島は自己嫌悪に陥った。
「俺は何をやっていたんだ」と新聞の見出しを見ながら強く唇を噛んだ。
 教育者として、スポーツマンとして、ルール遵守を口を酸っぱくして部員に説いてきたし、喫煙禁止、20歳未満の部員の飲酒禁止を徹底してきた。
 なのに、暴力と喫煙と未成年の飲酒が同時に起こってしまった。
 
 なんで? という問いを発し続けたが、明確な答えに行きつくことはなかった。
 それだけでなく、今まで為してきたことが音を立てて崩れ始めた。
 それは自我の崩壊の音のように聞こえた。
 自らの存在をどこにも見つけられなかった。
 
 監督に責任があるとは誰にも言われなかったが、例え直接的に関与していなくても責任は取らなければならないと理事会に辞表を提出した。
 引き留められても固辞するつもりだった。
 しかし、まるでそれを待っていたかのように理事会はあっさりと受理した。
 引き留める人は誰もいなかった。
 不祥事の幕引きを主犯者の逮捕と監督の辞任で図りたいに違いなかった。
 
 それ以降、夏島は家に(こも)った。
 それは、自宅前で待ち構えるマスコミを避ける意味もあったが、社会とスポーツ界と被害部員に対する懺悔(ざんげ)の意味合いの方が大きかった。

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