あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 松坂牛のスキヤキをたらふく食べた夏島は普段の陽気な姿に戻っていた。
 自らブランデーとバカラのグラスを4個棚から取り出してそれぞれに注ぎ、「これはアルマニャック地方で造られるブランデーで、コニャックより歴史がある」と蘊蓄(うんちく)を傾けた。
 
「面白いデザインですね」

 秋村が陶器のボトルを話題にすると、「これはグースという名前なんだ。つまり、ガチョウだね。そのデザインを施した珍しいボトルが特徴なんだ」と嬉しそうな声がダイニングに響いた。
 その後もグラスを重ねる毎に陽気になり、蘊蓄が止まらなくなった。
 ブランデーからウイスキー、そして、ワインからシャンパンに至るまで、洋酒の歴史や地方ごとの味の違いをとうとうと捲し立てた。
 
「ところで」

 奥さんが割って入って秋村に視線を向けた。

「今夜はおいしい松坂牛をありがとうございました。久々にほっぺたが落ちそうになりました。ね、あなた」

 夏島は真っ赤になった顔で笑いながら、両手の人差し指を頬に当ててボーノの仕草をした。
 それを見て奥さんが秋村に目配せをした。
 秋村は頷き、姿勢を正した。

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