あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
「ご無沙汰しております」

「おう、久しぶりだな。今回はおめでとう。素晴らしいレースだったね」

 日本水泳選手権大会の400メートル個人メドレーで優勝した三角優人の突然の訪問に、堅岩は顔を綻ばせた。

「元気そうだな。サンタバーバラはどうだ」

「はい。とても良い環境なので練習をやり過ぎるくらいです」

 高校時代の彼を懐かしく思い出したのだろう、成長した姿に堅岩は目を細めた。

「ところで、こちらの方は?」

 最近ニュースによく登場する人物だったが、堅岩は名前を思い出せないようだった。

飛鳥(とぶとり)(しょう)です」

 日焼けした顔と真っ白い歯が、一流のアスリートであることを物語っていた。

「飛鳥って、あの、スポーツ庁長官に内定した」

「そうです。ご挨拶に上がりました」

「挨拶って、一介の教育長の私に……」

 目の前に彼がいることが信じられないようだった。
 余りにも現実離れしているからだろう。
 口が開いたままになっているのに気づいたのか、すぐに閉じたが、そんな様子を気にも留めていないように、かつて日本水泳界の至宝とまで呼ばれた飛鳥は「こいつはサンタバーバラ・スイミングクラブの後輩なんですよ」とにこやかに笑いながら三角に視線を向けた。

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