あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 その1週間前、日本水泳選手権大会出場のために帰国していた三角の歓迎会をするために、わたしは奈々芽や丸岡、鹿久田と共に居酒屋にいた。
 
 400メートル個人メドレーで優勝候補の筆頭に挙げられている三角を迎えて場は大いに盛り上がった。
 三角はさすがに酒を飲まなかったが、他の三人がガンガン飲んで彼にエールを送り続けるので、周りに迷惑をかけているのではないかと心配になるほどだった。
 
 盛り上がりが一段落して会話が途絶えた時、素面の三角がわたしを気遣って話しかけてきた。
 元気がなさそうに見えたのだろうか、「どうしたの?」と言ったあと悪戯っぽい表情になって、「彼氏に振られたのかな?」と茶化された。
 わたしは思わず吹き出しそうになったが、その弾みで胸に止めていたものを吐き出してしまった。
 夢開市教育委員会での出来事を愚痴ってしまったのだ。
 すると、彼は平気な顔でさらりと言った。
 
「堅岩さんは俺の高校時代の恩師だよ」

 わたしは椅子から落ちそうになるくらい驚いたが、それは次の言葉で倍加した。
 
「試合が終わったら挨拶に行ってもいいよ。そうだな、秘密兵器も連れて行くか」

 その秘密兵器が飛鳥翔だった。

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