あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 その男が配属されたのは、セキュリティ対策室だった。

 市役所には市民の個人情報が集積しているだけでなく、契約や資産などに関する機密の情報も数多くあった。
 それは庁内のネットワーク上で管理されていたが、個人情報の漏洩(ろうえい)やシステム障害の危険性を常に抱えていた。
 内部による犯罪はもとより、悪意ある外部からのハッキングの危険性が高まっていたのだ。
 しかし、情報防衛のためのスキルを持つ人材が明らかに不足していた。
 ハッカーに狙われたらひとたまりもない状態だった。
 
 そういう背景があり、桜田にとって男が持つスキルは貴重だった。
 親がパソコンショップを営む環境で育った彼は幼い頃から情報機器に親しみ、ハードもソフトも自在に操ることができた。
 高度なプログラミングを身につけ、ゲームソフトの自作は朝飯前だった。
 大学では情報管理学を専攻し、ビッグデータの分析やサイバーセキュリティ対策のスキルも身につけた。
 それが評価され、一流のIT企業から内定を貰ったのだ。
 これを活かさない手はない。
 市民情報や機密情報をハッカーから守る守護神という立場を与えてやれば、彼は必ず再起できる、そう考えて実行した。
 
 読みは当たった。
 彼は配属後短期間でシステムの脆弱性(ぜいじゃくせい)を見抜き、次々に手を打っていった。
 セキュリティ対策が十分でないOSやソフトウェアのアップデートや最新版への切り替えを迅速に行った。
 それだけでなく、自らがハッカーとなってシステムへの侵入を試みるということまで踏み込んだ。
 そこで見つかった脆弱性を外部の専門企業の手を借りて修復していった。
 その結果、夢開市のセキュリティ対策レベルは全国の自治体の中でも上位に入るまでになった。
 
 庁内の誰もが彼の実力を認めるのに時間はかからなかった。
 それを確認した桜田はすぐさま彼を正規雇用とすることを決めた。
 それだけでなく、将来の人事を描いた。
 彼を次のセキュリティ対策室長候補としたのだ。
 
 桜田は犯罪者の息子が再び罪を犯すことを防いだだけでなく、周りの人から尊敬を集める存在になるよう導いた。
 それは、政治家としての立場ではなく、教育者としての視点を大事にする姿勢から生まれたものだった。


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