あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 3月中旬の忙しい時に慌ただしく出発したのだが、そんなことを忘れさせてくれるほどローマとフィレンツェは余りにも素晴らしかった。
 幼い頃から憧れた地は期待を裏切らなかった。
 しかし、駆け足で見て回る視察ではまったく物足りなかった。
 それに、1週間では短すぎた。
 あっという間に最終日を迎えることになった。
 
 視察団全員での夕食が終わって部屋で帰国準備をしている時だった、桜田からラウンジに来ないかという誘いがあった。
 最後の夜を楽しもうというのだ。
 断る理由はなかった。
 気持ちが高揚していたわたしは一も二もなく誘いに応じた。
 
 ホテル最上階から見る夜景は素晴らしかった。
 それに、初めて飲むカクテルが美味しかった。
 赤ワインとウォッカとスイート・ベルモットをステアしてあるらしく、アルコールは高めのようだが、すっきりとした感じなので飲みやすかった。
 そのせいか、少し饒舌(じょうぜつ)になってしまった。
 しかも、ウイスキーのオンザロックを飲む桜田がニコニコして聞いてくれるので、なおさら歯止めが利かなくなった。
 なにしろ、視察で見た旧市街の街並みに加えて、絵画や彫刻などの美術品の素晴らしさを目の当たりにし、視察が終わったというのに興奮が冷めるどころか、ますます大きくなっていたのだ。
 だから自分一人の胸にしまっておくことができなくなっていた。
 特に、ある絵画の強烈な印象を語らずにはいられなかった。

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