あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 フィレンツェでの僅かな自由時間を利用して、わたしはウフィツィ美術館に直行した。
 ルネサンスの名画を数多く所蔵しているこの美術館は大人気で、バカンスの時期には入館待ちで大行列ができるほどだが、その日は珍しく観光客が少なく、すんなりと入ることができた。
 
 わたしは『ボッティチェリの間』に急いだ。
 そこには有名すぎる2枚の名画が飾られていた。
『春・プリマヴェーラ』と『ヴィーナスの誕生』
 どちらも1400年代後半に描かれたもので、サンドロ・ボッティチェリの代表作と言われている。
 そしてこの2つは〈双子のヴィーナス〉と呼ばれていて、『春・プリマヴェーラ』が〈地上のヴィーナス〉、『ヴィーナスの誕生』が〈天上のヴィーナス〉なのだという。
 
 わたしは構図や色遣いの余りの美しさに息を呑んだ。
 そして、500年以上前の絵画とは思えない、その素晴らしい保存状態に驚嘆した。
 この2枚の名画をずっと見ていたかった。
 でも、時間がなかった。
 後ろ髪を引かれながらも『ダ・ヴィンチの間』に急いだ。
 どうしても見たい絵があるのだ。
受胎告知(じゅたいこくち)
 レオナルド・ダ・ヴィンチのデビュー作とも言われる作品だが、ぼかし手法や遠近法による立体感は遥かに想像を超えていた。
 20歳そこそこでこんなに素晴らしい絵を描けるなんて信じられなかった。
 わたしは手で口を押さえたまま動けなくなった。
 しかし、すぐに次の美術館へ移動しなくてはならなかったので、またもや後ろ髪を引かれながらウフィツィ美術館を飛び出した。

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