あのね、わたし、まっていたの  ~慈愛の物語~ 【新編集版】
 落選という結果は桜田の身に大きな影響を及ぼした。
 有効投票率の10パーセントを割った候補者は供託金全額を没収される決まりになっているので、出馬する時に預けた240万円が没収されたのだ。
 もちろん、選挙活動費用はすべて無駄金となった。
 1,000万円近くの金が水の泡となった。
 その結果、500万円近い借金を背負うことになった。
 そんな桜田に収入はなかった。
 中学校を辞めて無職になっていたからだ。
 絶望という闇が彼を包み込んだ。
 
 翌日、選挙事務所は片付けられ、がらんとした部屋に残っているのは、桜田と本部長の二人だけになった。
 憔悴(しょうすい)した桜田は、まるで幽霊にでもなったかのように自らの存在を感じられなくなった。
 本部長は腕を組んで目を(つむ)っていたが、大きく息を吐いたあと、事務所から出ることを促した。
 桜田はよろけるように立ち上がり、ふらふらと出口に向かった。
 事務所の玄関に鍵をかけ、深々と腰を折ってお辞儀をした。
 
「ありがとうございました」

 そして玄関に背を向けた時、ふらっとよろけたと思うと、急に目の前が真っ白になった。
「桜田さん」と呼ぶ声が遠くに聞こえたような気がした。

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