あのね、わたし、まっていたの ~慈愛の物語~ 【新編集版】
その翌日の午後、本部長が一人でやってきた。
手には小さな袋を下げていた。
「体調はどう?」
「おかげさまで明日には退院できそうです」
「そうか、よかった、よかった」
そして、チョコレートだと言って袋を差し出した。
ベルギーに本社を置く有名な菓子メーカーのものだった。
糖分を補給して体力を回復せよとでも言いたいのだろうか?
甘いものが苦手な桜田はちょっとためらったが、せっかくの好意を無にするわけにもいかず、礼を言って受け取った。
「ところで」
ベッドサイドの椅子に座った本部長の表情が変わった。
何か重大なことを告げる前触れのように。
「弟にやらせることにする」
「えっ、やらせるって、何をですか?」
「パソコンショップのオーナーを探らせる」
「パソコンショップって、あの……」
「そうだ、本来なら私が乗り込んでいって白状させたいところだがそうはいかない。敵陣に気づかれたら元も子もないからだ。といって探偵にやらせるわけにもいかない。あれだけ長期間張り込みをさせたから面が割れている可能性がある」
そこで、面が割れてなくて信頼がおける人間ということで、弟しかないという結論に達したのだという。
その弟は現在、夢開市在住だが最近になってから引っ越してきたため、市内に親しい知り合いはいないという。
それに現在の勤務地は東京23区内で、毎日朝早くに家を出て帰宅は深夜というのが常なので、普段は地元の人と顔を合わせることもない。
しかも休みの日は一日中家でごろごろしているから、近所の人とも挨拶を交わすこともない。
それに人間関係の煩わしいことが嫌いなので、町内会の役割を引き受けたり、行事に参加することもない。
そんな具合だから、選対本部長として市長選を仕切っている兄の手伝いをすることもなかった。
枯田陣営に面が割れていないだけでなく、近所でも彼を知っている人がほとんどいないという稀有な存在だったのだ。
ただ、まだ打診はしていないという。
「でも、引き受けてくれるでしょうか」
とても素人ができる仕事とは思えなかった。
「わからない。言ってみないことにはわからない。しかし、やらせるしかない」
「もし断られたら?」
「その時はまた考える」
でも、次善の策があるようには思えなかった。
なんとしてでも弟にやらせるつもりなのだろう、決意は固そうだった。
無理強いをしなければいいが、と思ったが、それを口にはしなかった。
桜田にも次善の策はないからだ。
弟が引き受けてくれることを祈るしかなかった。
「とにかく、任せてくれ。桜田さんは体調を回復することだけ考えて。元気にならないことにはどうしようもないんだから」
そして、椅子から立ち上がり、病室から出ていった。
桜田はベッドに横になったまま頭を下げた。
手には小さな袋を下げていた。
「体調はどう?」
「おかげさまで明日には退院できそうです」
「そうか、よかった、よかった」
そして、チョコレートだと言って袋を差し出した。
ベルギーに本社を置く有名な菓子メーカーのものだった。
糖分を補給して体力を回復せよとでも言いたいのだろうか?
甘いものが苦手な桜田はちょっとためらったが、せっかくの好意を無にするわけにもいかず、礼を言って受け取った。
「ところで」
ベッドサイドの椅子に座った本部長の表情が変わった。
何か重大なことを告げる前触れのように。
「弟にやらせることにする」
「えっ、やらせるって、何をですか?」
「パソコンショップのオーナーを探らせる」
「パソコンショップって、あの……」
「そうだ、本来なら私が乗り込んでいって白状させたいところだがそうはいかない。敵陣に気づかれたら元も子もないからだ。といって探偵にやらせるわけにもいかない。あれだけ長期間張り込みをさせたから面が割れている可能性がある」
そこで、面が割れてなくて信頼がおける人間ということで、弟しかないという結論に達したのだという。
その弟は現在、夢開市在住だが最近になってから引っ越してきたため、市内に親しい知り合いはいないという。
それに現在の勤務地は東京23区内で、毎日朝早くに家を出て帰宅は深夜というのが常なので、普段は地元の人と顔を合わせることもない。
しかも休みの日は一日中家でごろごろしているから、近所の人とも挨拶を交わすこともない。
それに人間関係の煩わしいことが嫌いなので、町内会の役割を引き受けたり、行事に参加することもない。
そんな具合だから、選対本部長として市長選を仕切っている兄の手伝いをすることもなかった。
枯田陣営に面が割れていないだけでなく、近所でも彼を知っている人がほとんどいないという稀有な存在だったのだ。
ただ、まだ打診はしていないという。
「でも、引き受けてくれるでしょうか」
とても素人ができる仕事とは思えなかった。
「わからない。言ってみないことにはわからない。しかし、やらせるしかない」
「もし断られたら?」
「その時はまた考える」
でも、次善の策があるようには思えなかった。
なんとしてでも弟にやらせるつもりなのだろう、決意は固そうだった。
無理強いをしなければいいが、と思ったが、それを口にはしなかった。
桜田にも次善の策はないからだ。
弟が引き受けてくれることを祈るしかなかった。
「とにかく、任せてくれ。桜田さんは体調を回復することだけ考えて。元気にならないことにはどうしようもないんだから」
そして、椅子から立ち上がり、病室から出ていった。
桜田はベッドに横になったまま頭を下げた。