あのね、わたし、まっていたの ~慈愛の物語~ 【新編集版】
冷ややかに兄の後姿を見送った弟だったが、ベッドに入って目を瞑った時、不意に兄の顔が浮かんできた。
それは、「仇を討ってくれ」と懇願している顔だった。
「あの兄が……」
信じられなかった。
あらゆる面で勝っている兄が自分に懇願していることが信じられなかった。
それだけでなく、『お前以外誰もいない』という言葉に対して甘美な思いまで起きた。
今までは兄に対して劣等感しかなかったのだ。
勉強もスポーツも付き合った女性のレベルもすべて完全に負けていた。
そのため親から期待をかけられたことはなく、家の中ではどうでもいい存在だった。
それに耐えられず、逃げるように大阪の大学に行った。
そして4年間一度も帰らなかった。
就職した会社は京都に本社のある電子部品メーカーだった。
親と兄に顔を合わせたくなかったから当然の選択だった。
しかし2年前、突然東京支社への転勤を命じられた。
断ることはできなかった。
それでも定年になったら京都に戻るつもりだったので家は賃貸マンションと決めて探したが、信じられないような安い建売物件に巡り合い心を動かされた。
それが今の家だった。
都心に比べて4割以上安かったのだ。
ただ夢開市というのが引っかかったが、既に両親は亡くなっていたし、兄とも年に1、2度電話がある程度だったので、気にする必要はなかった。
そして昨日まで何事もなく過ぎていった。
しかし、突然兄が訪ねてきた。
なんだろうと思い切り身構えたが、自分を頼ってきただけでなく、頭を下げられたので驚いた。
それはあり得ないことだったし、信じられなかった。
現実のものだとは思えなかった。
しかし、頼まれたことに対してはまったく関心がなかったので首を縦には振らなかった。
それでも嬉しくないわけはなかった。
あの兄から「頼む」と言われたのだ。
心が動かないはずはなかった。
それに、千載一遇のチャンスがやってきたのかもしれなかった。
幼い頃から待ち望んでいたことが訪れた可能性を否定できなかった。
更に、『救世主』という言葉が心に突き刺さっていた。
今まで目立った活躍や功績を残してこられなかった自分にとってこれほど晴れやかな言葉はなかった。
中間管理職として上からも下からも責任をなすりつけられて徒労感を覚えている現状を吹き飛ばしてくれる魔法の言葉のように思えた。
遂に表舞台に躍り出るチャンスに巡り合えたのだ。
「やるしかないか」
呟くと、兄だけでなく、今は亡き両親が、妻が、子供が、会社の人が、夢開市の住民が、自分に頭を下げている姿が見えたような気がした。
それは心の底から渇望していた存在になった瞬間だった。
「ヒーロー」
その夢のような響きに思わず頬が緩んだ。
今夜は眠れそうになかった。
それは、「仇を討ってくれ」と懇願している顔だった。
「あの兄が……」
信じられなかった。
あらゆる面で勝っている兄が自分に懇願していることが信じられなかった。
それだけでなく、『お前以外誰もいない』という言葉に対して甘美な思いまで起きた。
今までは兄に対して劣等感しかなかったのだ。
勉強もスポーツも付き合った女性のレベルもすべて完全に負けていた。
そのため親から期待をかけられたことはなく、家の中ではどうでもいい存在だった。
それに耐えられず、逃げるように大阪の大学に行った。
そして4年間一度も帰らなかった。
就職した会社は京都に本社のある電子部品メーカーだった。
親と兄に顔を合わせたくなかったから当然の選択だった。
しかし2年前、突然東京支社への転勤を命じられた。
断ることはできなかった。
それでも定年になったら京都に戻るつもりだったので家は賃貸マンションと決めて探したが、信じられないような安い建売物件に巡り合い心を動かされた。
それが今の家だった。
都心に比べて4割以上安かったのだ。
ただ夢開市というのが引っかかったが、既に両親は亡くなっていたし、兄とも年に1、2度電話がある程度だったので、気にする必要はなかった。
そして昨日まで何事もなく過ぎていった。
しかし、突然兄が訪ねてきた。
なんだろうと思い切り身構えたが、自分を頼ってきただけでなく、頭を下げられたので驚いた。
それはあり得ないことだったし、信じられなかった。
現実のものだとは思えなかった。
しかし、頼まれたことに対してはまったく関心がなかったので首を縦には振らなかった。
それでも嬉しくないわけはなかった。
あの兄から「頼む」と言われたのだ。
心が動かないはずはなかった。
それに、千載一遇のチャンスがやってきたのかもしれなかった。
幼い頃から待ち望んでいたことが訪れた可能性を否定できなかった。
更に、『救世主』という言葉が心に突き刺さっていた。
今まで目立った活躍や功績を残してこられなかった自分にとってこれほど晴れやかな言葉はなかった。
中間管理職として上からも下からも責任をなすりつけられて徒労感を覚えている現状を吹き飛ばしてくれる魔法の言葉のように思えた。
遂に表舞台に躍り出るチャンスに巡り合えたのだ。
「やるしかないか」
呟くと、兄だけでなく、今は亡き両親が、妻が、子供が、会社の人が、夢開市の住民が、自分に頭を下げている姿が見えたような気がした。
それは心の底から渇望していた存在になった瞬間だった。
「ヒーロー」
その夢のような響きに思わず頬が緩んだ。
今夜は眠れそうになかった。