あのね、わたし、まっていたの  ~誰か声をかけてくれないかなって~ 【新編集版】
 市長室で応対してくれた桜田は選挙戦の時よりも老成して見えた。
 市長という立場がそうさせているのかもしれないが、枯田事件の影響が強く出ているようにも思えた。
 そのため最初は緊張した。
 挨拶もたどたどしいものになった。
 しかし、大学院の後輩であることを告げると親しみの表情が浮かび、それによってわたしの緊張も解けていった。
 すかさず長年温めてきたアイディアを切り出した。
 
「スポーツ専門中学校、ですか……」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった彼に、わたしは大きく頷いた。

「将来プロを目指す、一流のアスリートを目指す生徒が心置きなく競技に打ち込むことができる中学校です」

「う~ん、それは……」

 桜田からそれ以上の言葉は出てこなかった。
 余りにも突飛すぎる提案をどう受け止めればいいのかわからないようだった。
 でも、思い直したかのようにこちらに顔を向け、現役教師であった自分は公立中学校の限界を感じていたので変える必要性は理解していると言った。
 しかし、まったく違う形にすることは考えたことがなかったという。
 現在の中学校の枠組みの中でどう良くしていくかというレベルにとどまっているようだった。
 それに対してスポーツ専門中学校という案は概念そのものを覆すパラダイムの転換に等しかったのだろう。
 腕組みをした桜田から前向きな言葉が返ってくることはなかった。

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