BG様の一途な愛情
3
 出勤した麻里亜は、富田から彼が今すぐにでも退院したがっているという話を言葉を聞いて、思わず苦笑いをした。

 サッカー部と空手部で鍛えた体力自慢の紘太のことだから、ベッドの上でじっとしているのがきっと耐えられないのだろう。彼らしいと思いながらも、今は傷を治すための大事な時間だということをきちんと理解してほしいとも思った。

「まぁとりあえず明日退院で、五日後に抜糸に来てもらうことに決まったから」
「わかりました」

 そして夕方の巡回の最後に少し緊張しながら彼の病室に向かった麻里亜は、カーテンを開けた瞬間、驚いたように体をビクッと震わせた。

「やっ、待ってたよ」

 紘太はベッドの上であぐらをかき、麻里亜が来るのを待ち構えていたかのように手を上げて微笑んでいたのだ。それからすぐに体温計が鳴る音がし、紘太は脇に挟んでいた物を麻里亜に差し出した。

「……あ、ありがとうございます」

 体温計を受け取ろうとしたが、何故か紘太は握りしめたまま離そうとしない。それならばと逆に離そうとすると、その手を紘太に握られてしまう。

「ちょ、ちょっと……!」
「だってこうでもしないと、ずっと他人行儀な話し方しかしてくれないだろ? 久しぶりに会えたんだし、せめて普通に目を見て話してほしいんだけど」

 つい黙り込んでしまうと、紘太は手を離してため息をついた。

「じゃあ神崎さんは、患者さんと目を合わさないのが当たり前なのかい?」
「そ、それはありません!」
「じゃあちゃんとこっち見てよ」

 別に見たくないわけじゃなくて、紘太の顔を見るいるだけで、昔彼に憧れていた頃の感情を思い出してしまいそうになる。

 あの頃の麻里亜はまだ小学生で、紘太に彼女がいるのも知っていた。だから憧れのお兄さんにそれ以上の感情を抱いても意味がないし、自分が見向きもされないことはわかっていた。それならこのまま憧れのお兄さんのままでいいじゃないーーそして自分の気持ちに蓋をした。そのおかげもあって、最後に会ったあの日まで、良好な関係を築くことが出来たのだ。

 しかし今、自分は患者と目を合わさない看護師だと思われている。仕事には真摯に向き合ってきた麻里亜にとって、そんなふうに思われるのは心外だった。
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