ミーコの願い事
 顔を真っ赤にした櫻井さんは、応接室に向かい歩き始めると、高木さんが羽交い締めのように止めていました。

「あーでも笑ったら元気が出ました。ウジウジ考えていてもしょうがないですね、もう一度喋る時間を作ってみます。ありがとうございます」

 前向きな気持ちに切り替わったのでしょうか? はつらつとした杉田さんの声が応接室から直接聞こえました。
 そしてガラス越しには、電話に向かい何度も頭を下げる仕草が伺えます。

 何も知らずにスッキリした表情で出てくると、待ち構える桜井さんに、叩かれています。

「痛いですよー? どうしたんですか?」

 その状況を見てみんなは笑っていましたが。鈴野さんは私に近づくと、笑顔で肩に手を添えます。

「美代子ちゃんも大変ね」

 その言葉で我に返ります。

 冷静に考えると、一番恥ずかしい思いをしたのは、私だということに気付きました。
 でも、喜んでいて、いいのでしょうか?

 今も気軽に手を添える、私の肩にはアザあります。
 そのことを、杉田さんに伝えるべきでしょうか?

 他の人は、自分が欠点だと思うことを、お付き合いする前に告白するのでしょうか?

 そのことに悩む私は、今ある小さな喜びが、消えてしまうことを恐れていました。
 森川さんの側には社長が立っていて、杉田さんが応接室から出てきたことに気付き、残念がっています。

「もう終わりなの?」

 社長の手には、何かが書かれていると思われる、メモを持っていました。 

 その日の夜。私はアザのことを、ミーコに相談しようか迷っていました。
 一番身近にいるミーコになら、背中をさらけ出すことに抵抗がなかったのだと思います。

「ねーミーコ、お母さんの肩にあるアザのことだけど」

「うーーん」

 けれどミーコはスケッチブックに、絵を描くことに夢中になり、上の空に返事をします。
 私もまだ子供には、難しい相談だと思い、話を止めミーコを見ていました。

 それにしても何を描いているのだろう? その場所には何もないはずだけどな。

< 101 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop