ミーコの願い事
 夜も近づき杉田さんが帰った後、私はミーコの周りに散らかったチューリップの絵を、消しゴムで消しながら会話をしていました。

「良かったねミーコ。見える人が杉田さんで」

 ミーコと同じ幸せを感じようと思い、そんな言葉をこぼしていました。

「スギタねーお母さんがいない時、面白い顔するんだよ、すごい変な顔すんの」

 思い出したかのように笑っています。

「そうなの」

 私の知らない所でミーコが幸せを感じていたようで、とても嬉しくなりました。

「杉田さん、お母さんのいない時も優しく笑顔でいてくれる?」

 疑っているわけではありませんが、ミーコから言葉を聞きたく確認してみました。

「うん、でもね、この前ね、スギタがね、ミーコのお父さんになってもいいかなーって聞くの」

 少し驚きましたが、冷静さを装い、話を聞いていました。

「ミーコがね、いいよって言ったらスギタがね、鼻水垂らしながら、嬉しいよ、嬉しいよって、泣いてた」

 その言葉を聞き、自分でも理解できない涙が溢れ出ました。
 ミーコは突然泣き出した私を見て、驚いた顔をしています。

「どうしたの? なぜ泣いてるの?」

 まるで最初に会った時のように聞いてきます。

「なんだろうね、杉田さんのが移っちゃったのかな」

 嬉しい涙であることを、恥ずかしくて言えずにそう冗談めいてみました。

 初めて出会った時のミーコの言葉、いつも私を気遣い、今は違う理由の涙を心配してくれています。
 
 その日もページを移動する、ミーコを見届けました。
 ノートのページは残り後わずかです。

「一、二、三……枚数的に最終ページは日曜日」

 残りのページ数を確認すると、昨日経験したものとは違う涙があふれ出しました。
 近づいて欲しくない。
 そう思っていても、一日一日が当たり前のように過ぎ去っていきます。

 会社では、森川さんとノートの話になると、時折泣いてしまうこともあります。
 そんな私を心配してくれたのか、最終ページの前日。会社から帰宅支度をする私に、森川さんが声をかけてくれました。

「田中さん。少しお話しようか?」

 二人で向かった先は、アパートまでの帰宅途中に有る、水路横に置かれた小さなベンチでした。
 そこはあまり人通りも無く、物静かな場所です。

 私達はそこに座り、話をしました。
 森川さんはカバンからしおりを取り出すと、私に手渡すように見せました。

 そのしおりは手作りのようで、見覚えのある星型の押し花がされています。

「あっ、ペンタスですか」

 改めて見るペンタスの花は、とても小さく素朴なものでした。

 そのしおりを眺めた後、森川さんの表情を確認すると、優しい表情のまま恥ずかしそうに話します。

「昔ね、もう十数年ぐらい前の話だけど、若い子の間でペンタスに願い事をすると叶うって言われていたの。もちろん、作りばなしなんだけど、中には信じて真剣にお願い事する子もいたから、町中の花屋さんからペンタスが無くなるぐらい流行っていたのよ」

 私は以前から、森川さんがペンタスに何かかかわりがあると感じていたので、息を飲むようにその話を聞いていました。

「結局。本物のペンタスの花を見たのはだいぶ後だったけど、そのしおりは、その時友人からもらったものなの」

 今も大事に持っているそのしおりは、森川さんの宝物だと理解し、そっと返していました。
 森川さんはしおりを、可愛がるように指でなぜると、それを見つめ話ます。

「一番星が出たタイミングで、心の中で願うんだって。本当、おとぎ話みたいな内容だよね。でも、そんな作り話だけど。私ね、田中さんと出会ってから、ペンタスのことを思い出し願ってみたの。悩める少女を救ってほしいって」

 入社した当時から私のことを心配して、そんなことを考えてくれていたとは思ってもみなかったので、驚いていました。
 そしてこのノートは、森川さんのそんな願いから引き合わせてくれたものだとわかり、あることを確信します。

「最初そのノートを見た時驚いちゃった。形は変わっていたけど、本当にまた会えるとは思わなかったから。不思議なペンを拾った人の話。前にしたと思うけどあれ実は私なの。そのペンにもノートと同じようにペンタスの印が有ったわ」

 話を聞きながら、ペンのことを思い出していました。持ち主であった森川さんを幸せにしてくれた後のことを。

「でも、そのペンタスのペンは最後には、消えてしまったんですよね」

 人と接する機会を与えてくれたこのノートも、私を幸せにしてくれたことで消えてしまう。

 そしてその日は、もう近づいている。

「どのような意図で、田中さんと杉田くんにしか見えないミーコちゃんの存在を作り上げているのかわからないけど、私が知る限りペンタスは願い事を叶えてくれる花。それだけは伝えたくて」

 願いを叶える花なのに何故悲しい思いをしなければいけないのか、私は理解が出来ませんでした。
 むしろこんな思いをするぐらいなら、出会わなければよかったと思うほどです。

 そして私の気持ちにとは関係なく、その日がやってきました。
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