ミーコの願い事
 頭が真っ白になり、声も出せないまま消えていくミーコを見ているだけでした。
 大変なことが起きたと認識出来ても、何をしていいかわかりません。
 唯一出来たことと言えば、相手に届きそうも無い小さな声で、名前を呼ぶことでした。

「ミーコ、ミーコ!」

 ミーコは目を覚まさないまま、最後には消えてしまいました。

 何も出来なかった! ただ消えるのを見ているだけでした。
 
 大きな声さえも出せない自分を、責めました。
 出会ったばかりなのに、せっかく出来た友達が消えてしまい、寂しい気持ちだけが残ります。 
 ミーコのいないノートには、部屋と夜空、そしてブーゲンビリアの花が咲いています。

「ミーコ……ミーコ……ミーコ」

 ページを見つめながら、時折小声でつぶやいていました。  
 数分たった頃でしょうか。

「ここだよー」

 ノートの中から声が聞こえます。

「どこだー、ここはどこだー」

 今まで居たページの奥から、元気な声が聞こえます。
 急いでノートをめくると、そこにミーコが居ました。
 驚く私を、呆然と見つめています。

 安心を感じながらも、全身に疲れが襲ってきました。
 そして現象の理由が気になり、ミーコに訪ねました。

「どうやって移動したの?」

 ミーコは少し斜め上を見ながら考え、あどけない表情で答えます。

「わかんない」

 冷静になって考えてみると、目を閉じ寝ていたこともあるので、自ら行ったことでは無いようです。
 考えれば考えるほど、不安な気持ちだけが強まっていきます。
 ミーコはそんな私の思いもわからないまま、移動した見開きのページを左右行き来し、広くなったスペースを楽しんでいました。
 
 その日はすでに夜も遅かったので、右側のページにだけ部屋を描きミーコを寝かすと、私はそっとノートを閉じました。
 何故ページを移動したのか、ノートを見つめ考えます。
 事例も説明もない、この不思議な出来事は、何故私に起こるのだろう?

 背表紙のペンタスが視界に映ると、森川さんの悲しい表情を思い出していました。
 ペンタスとは一体、どんなお花なのでしょうか。

 朝になると、今にも雨が降りそうな曇り空でした。

「自転車でいけるのかなー」

 ミーコの部屋のテーブルに食事を描きながら話すと、ミーコは寂しそうに問いかけます。

「今日もお仕事?」

「ごめんね一人にさせて、何かいい方法無いか考えるから、少しの間我慢してね」

 そうは言ったものの、良い解決策が浮かばず胸が苦しくなります。
 窓から空を見上げると、重たそうな黒い雲が太陽の光をさえぎり、私の心をより一層不安にさせます。

「ミーコ、会社から帰ったら遊ぼうね」

 ミーコを安心させようと思う気持ちから、自然に口数が増え話すようになっていました。
 あっ、森川さんも同じことをしてくれている。
 今まで周りの人がしてくれている行為を、全く気付いていませんでした。

「出来るだけ早く帰ってきてね」

 就業時間があるので、ミーコの無理な言葉に心が痛くなります。

「うん、待っていてね」

 私は明るく振る舞い、会社に出かけました。
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