ミーコの願い事
仕事を終え一人暮らしをするアパートへの帰宅。
 今日と言う平凡な一日は、後数時間もすれば終わります。
 夜に近づきお風呂に入るため上着を脱ぐと、今日触れられた肩に手を当て呟いていました。
「今日は何か、意識しちゃったなー」
 最近では余り気にすることのなかった肩を鏡越しに見て、昔を思い出していました。
 私には生まれた頃から、左肩から背中にかけてアザがあります。
 幼いころ、自分にだけあるそのアザに、少し醜くも感じ自分自身を消極的に作り上げていました。
 幼少期には近所の男の子にそのことをからかわれると、アザに対するコンプレックスより、人に対する恐怖感が生まれていました。 
 気がつけば、人を避けるようになっています。
 隠しきれないアザを手でおおうと、記憶を振り払うかのように急いでお風呂に入りました。

 その日の夜、明日は休日のこともあり、遅くまで起きていました。
 テレビも無く普段からラジオもあまり点けることの無いこの部屋は、時計の秒針音が聞こえるほど、静かに時が過ぎ去ります。
 私は楽しみを見つけようと、考えました。
「そうだ、今日頂いたノート」
 ノートを開き、無意識のまま絵を描き始めました。
 鉛筆を斜めに軽く当て、細い線を重ねるように描き進めます。
 描き上げて行ったのは、幼い女の子です。
 よく知る寂しそうな女の子。その子は、幼少期の私でした。
 記憶は薄れているものの写真で得た情報を重ね、当時着ていたワンピースや、母に切ってもらっていた、おかっぱのような髪型。
 昔を思いながら描いていました。
 ノートに描き上がって行く幼少期の私。その彼女を見つめ考えることがありました。
 友人を作らないことで、人や言葉で傷つくことは無いと思い、一人でいました。
 寂しい気持ちは多少ありましたが、その分心は楽でした。
 アザに対する心の痛みは、成長するにつれ、わずかながら薄れていきましたが、現在では、ただ人を避けているだけの大人になっています。
 私は不安な気持ちになり、自分に問いかける思いでした。
 鉛筆の芯が折れ、我に帰ると、彼女にもアザを描き足していることに気がつきました。
 すぐさま鉛筆を離し、描き上がった彼女を意識すると、悲しそうに見つめています。
 そんな彼女に、言い訳をするようにつぶやきました。
「このままでもいいんだ。一人だって平気だし」
 強がり出た言葉でしたが、目を合わせることが出来なくなると、誤魔化すようにノートを閉じていました。

 休日の時間は、一週間分の部屋の掃除と洗濯が、一日の過ごし方です。
 午前中にそのことをゆっくりすませ、少し遅い朝食と昼食を同時に取ります。
 何もすることの無い休日の午後は、何処に出かける予定も無く、ただ次の日を迎えるだけの時間です。
 何故だか昨日描いた彼女が気になると、ノートを広げ見つめていました。
 白い空間の中で、彼女は寂しそうにしています。
 何故か罪悪感のような気持ちになると、一人ぼっちの彼女を笑顔にするため、自分に言い訳をしていました。
 絵の中ぐらい幸せでもいいよね、このままページを終わらせても、ノートがもったい無いから。
 殺風景な空白部分に、実家の裏庭の背景を描き足していきます。
 ノートの中の彼女はノースリーブのワンピースを着ているので、季節は夏の裏庭です。
 土の地面の上には、歩きやすいように石畳をひき、昔遊んだ小さなビニールプールを描きました。
 確かこんな感じだったよね。
 ビニールプールには、ゴムマリや水鉄砲を浮かべ……これだけでは何か寂しい。
 考えている私は、背表紙を見てつぶやきました。
「ペンタスってお花かー」
 公園で見たお花、あれがペンタスかしら?
 再びノートのページに鉛筆を当て、お花の絵を描こうとしました。
 そうだ、せっかくだから、本当に好きな花。
 そう思い出し、現実の裏庭には咲いていなかった、ブーゲンビリアを描き加えました。 
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