ミーコの願い事

黒いノート

 翌日になり職場では、私の名前を呼びながら森川さんが近づいて来ました。

「田中さん、台公園の花壇どうだった? 時期的に夏の花も咲き始めたでしょ?」
 
 森川さんは四十代の、とても明るい性格です。
 中肉中背の体型ですが、小柄な私からは大きく見えます。

「はい。夏すみれが特に綺麗でした」

「そう、よかった」

「……」

「でも知らなかった、お花が好きだったなんて。そうだ、この町には特別なお花の話があるから、今度話してあげるね」

「……」

 森川さんは、私の左肩に手をそえます。

「じゃあ、そろそろ始めようか」

「……はい」

 返事と同時にその場所に意識しながらも、気に留めていないそぶりを演じていました。
 
 私が勤める会社は、企業ポスターや広告、会社のロゴやイラスト。
 なんでもデザインする小さな会社です。
 閑静な住宅街の中に有り、建物全体が植物のツタで覆われ会社らしくないたたずまいをしています。
 
 子供の頃から絵を描くことが好きだった私は、大学を卒業後は何かしら絵を描くことが出来ると思い、現在のデザイン会社に就職しました。
 
 この会社、橘デザインに入社し1年と数ヶ月が経つのですが、好きな絵が描けると考え入社したものの、普段は事務や資材の管理などの作業をしています。
 
 森川さんの後を追うように歩き向かった先は、建物内の奥にある、普段行くことのなかった資材置き場です。

 
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