ミーコの願い事
 描いた時点では、腕は下ろしまっすぐ前を向いていた彼女でしたが、今は手を胸元で組み見上げています。
 不思議な状況に瞬きさえも忘れると、目に溜まっていた涙がひと雫、彼女の足元に落ちました。
「きゃっ」
 彼女は落ちた涙を飛び跳ねるかのように避けると、気を使かいながら話ます。
「濡れちゃうよー」
 私は急いで手の甲で涙を拭き鼻をすすると、慌てるように謝っていました。
「ごめんなさい」
 そして改めて彼女を見ました。
 絵がしゃべり動いています。
 現実離れしたこの出来事でしたが、恐怖感も無く不思議な感覚です。
「あなたはだーれ?」
 彼女はなんの警戒心もなく、明るい口調で聞いてきました。
 突然聞きたいことを逆に質問されたので、慌ててしまい即座に本名を伝えました。
「た、田中美代子です」
 彼女はしばらくの間、び動作もせず、見つめています。
「ふ〜ん、タタナカミヨコ」
 ……理解するようにつぶやくと、沈黙しています。
 私はどうして絵の彼女が動きしゃべれるのか、このノートはいったい何なのか。
 聞きたいことが山ほどあったのですが、まず名前から聞こうと考えました。
 すると彼女は、何かに気付いたかのように笑顔になり、先に口を開きます。
「ねー何月生まれ?」
 次は私の番だと思っていたので、がっかりです。
 しかも何故生まれ月なんだろう? 普通年齢では? とも思いました。
 でも相手は子供なので、しょうがないかと理解し答えます。
「六月生まれです」
 スットンキョウなその質問でしたが、彼女の無邪気な笑顔を見る限り、悪い子ではなさそうです。
 私は今度こそと思い、口を開こうとします。
「ねーねー動物好き?」
 また彼女からの、質問です。
 出鼻をくじかれるとは、このことでしょうか。
「……うん」
 返事をしたものの私も質問をしたいのに、次々と質問してくることに、対抗心のような思いが生まれてしまいます。
 そんな彼女を見ていると、何やら部屋の周りを、鼻歌混じりに見渡していました。
 その行動に、つられるように後ろを振り返ると、壁にはうさぎの絵が描かれた、カレンダーが目に止まります。
 これを見て質問を考えたのかな? 
 自分から質問をしたくて、目に入ることを聞いてきているようでした。
 今度こそ質問しようと口を開くと、その行動を見て慌てて話しました。
「ダメー、ダメー、ダメー、ダメー」
 そんな彼女が気になり少しちゅうちょしましたが、私はゆっくり質問をしていました。
「あなたは、なんて名前なの……ですか?」
 優しくしゃべりかけるつもりが、変な言葉遣いになってしまいました。
 うわっ、恥ずかしい。ちょっと失敗しちゃった。
 軽くそんなことを思いながらも彼女を見ると、うつむき黙っています。そしてしばらくの沈黙した後、寂しげな表情を浮かべ話します。
「……わかんない」
 軽率な質問で大失敗です! 
 今にも泣きだしそうな声に、私はあわててしまいました。
 寂しげな表情を見ると、可哀想で他の質問も出来なくなってしまいました。
 そしてこの現状を、自身で理解しようとしました。
 このノートは魔法のノートで、私が描いた彼女に、魂のようなものが宿ったのかもしれない。
 そう考えれば、私がこの世に誕生させた絵なのですから、何もわからないのは当然です。
 彼女にとって私はお母さんのような存在だから、安心させるため少しでも明るくしゃべりかけなきゃ。
 そんなことを思い始め、彼女を笑顔にすることだけ考えました。
 とりあえず、名前を決めなきゃ。
「あのー、もしよかったら、私が名前をつけてもいいですか?」
 その言葉に、うつむいた顔を上げました。
 名前かー、名前なんて今までつけたことないからなー
 花子ちゃん? 幸子ちゃん? 駄目だ。いい名前だけど、何故つけたのか理由がわからない。
 本子ちゃん? ノート子ちゃん? 呼びにくいし、どこまで私はセンスが無いんだろう。
 彼女は私自身でもあるから……
「そうだ、私の一文字、み、よ、こ、のよを取って、ミーコて名前はどうかな?」
 単純な名前ですが、ニックネームみたいでカワイイいと思いました。
「ミーコ?」
 彼女はつぶやき、私を見つめています。
 そして私が今出来ること、絵を描くことで、ノートの中の彼女を喜ばせようと思いました。
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