ミーコの願い事
 ニヤけた表情を見せないよう、逃げた先はデザイン担当の席です。
 私は近くに置いてあった、書類を探している素振りを演じていました。 
 そこでは、鈴野さんと桜井さんの会話が聞こえます。

 「大変だったみたいですねー」

 背中越しから、桜井さんの心配した声が聞こえてきます。

 あれ、何が有ったんだろう。

 ですが、余りにも沈黙が続くため、私は無意識のまま振り返り二人の方に顔を向けていました。

「……そうなの、高木くんと車で出かけたんだけど途中事故で道が混んでいて」

 ため息のように語る内容は、お客さんとの打ち合わせ先に向かう間に、トラブルに巻き込まれたみたいです。
 会話を聞いて、思いました。

 予期せぬ出来事。お客さんと打ち合わせだけでも緊張するのに、約束の時間に遅れると考えただけでも恐ろしくなります。
 私の表情も自然に曇り出します。

 無理に笑いながらしゃべる鈴野さんではありましたが、その表情からは、疲れていることが感じ取れました。
 会話をしている桜井さんの表情もいつに無く曇り、鈴野さんを気遣っているのがわかります。
 二人も近くに居る私に気付き目が合うと、いつのまにか、三人でその出来事に共感をしているようでした。

 鈴野さんと高木さんが、辛い思いをしていたと思うと、年下ながら可哀そうだと感じてしまいます。
 桜井さんはそんな私を察してか、慌てるように元気な声で話します。

「でも抜け道使って、時間に間に合ったんですよね」

 桜井さんは、結果的に大丈夫だったことを教えてくれると、私は鈴野さんからの言葉に、体を向けていました。
 鈴野さんも私に、安心を与えるかのように話しました。

「そうなの、や’っ’と’着’け’た’の’」

 追い打ちをかけるかのような言葉に驚くと、何も知らない鈴野さんは私に向かいニコっと笑顔を与えます。
 気を抜いていたせいもあり、可笑しさに拍車がかかります。
 何故ここでも、類似する言葉が続くのだろう。

 話しに聞き入っていた私はその場に立ち尽くし、顔を両手で隠していました。
 鈴野さんはそんな私の仕草を見て心配したのでしょうか? 慌てて立ち上がり声をかけます。

「田中さんどうしたの? 安心して、や’っ’と’着’け’た’の’」

 私は連呼する鈴野さんに、心の中でうったいかけていました。
 駄目です。止めて下さい。声を出して笑ってしまいます。

 鈴野さんには先日アザの悩みを告白したばかりなのに、今度は社内の中心で笑っていたら、今までが嘘に聞こえてしまいます。
 力一杯顔を抑えていましたが、鈴野さんは更に心配し声をかけてくれます。

「怖がらないで、や’っ’と’着’け’た’の’。だから安心して顔を隠さないで」

「そうだぞ田中。や’っ’と’着’け’た’んだから安心しろ、や’っ’と’着’け’た’から」

 心配してくれる鈴野さんと桜井さんの誤解を解きたかったのですが、口を開けると笑ってしまうと思い、その場から移動しました。
 
 
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