ミーコの願い事
「それも杉田さん?」

「これは森川さんが教えてくれてね、ぼた餅くれた」

 そんな会話をしていると、桜井さんの声が聞こえてきました。

「おい……」

 その声は小さく、後に続く言葉を考えているかのように慎重です。
 桜井さんを見ると若者の前に立ち、少しうつむきながら口元がニヤけているようでした。
 帽子で目元が見えにくいことから、口元がいやに強調されます。

 怖い! あんなガラの悪い三人の前に立ち、笑みを浮かべている。 

 この後に続く言葉に、恐怖し見つめてしまいます。

「……しい、どら焼きで有名なお店は、どの辺でしょうか?」

「……」

 桜井さんは襟元をかきながら、恥ずかしそうにしているようです。
 すると、にらむように見ていた三人組の一人が、力強く勢いを付け立ち上がりました。

 私は若者が不愉快に思い、桜井さんに文句を言うのかと思いました。
 とっさにノートで顔を隠しましたが、聞こえてきた声は、予想とは違う上品な言葉遣いです。

「お探しのお店は、紅葉屋さんのことでしょうか? そのお店でしたら、この道をもう少し進むと十字路がありますので、その角を右に曲がって三件目ですよ」

 拍子抜けしてしまうほど、とても爽やかです。
 答えた女性は手の平を合わせ、頬の横に持って行くと、さらに笑顔で話を続けます。

「私も好きなんですよ。あのお店の和菓子美味しいですよねー。桜にうぐいす、道明寺。スアマなんかも美味しいですよね」

 桜井さんは目を閉じ、うんうん頷きながら笑顔で聞いています。

「ありがとう。この辺初めてで助かりました。どうしてもどら焼きを購入したかったので」

 お礼をいい安心していると、別の若者も立ち上がり話します。

「あっ、ダメですよー、すぐ売り切れちゃうから急いだ方がいいですよ」

 心配をし、急がせています。
 桜井さんは若者に手を上げ歩き出すと、若者も手を振りながら声をそろえるかのように一斉に発していました。

「いってらっしゃーい」

 なんてほのぼのした会話なんだろう。
 感動しつつも私は、外見で判断した自分を恥ました。

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