転生聖職者の楽しい過ごし方【閑話集】

公爵令嬢 アリーチェ・パジーニ





 ある世界の、ある大陸の北西に位置する国のお話し。

 我が国は、長くエシタリシテソージャの属国として存在してきました。エシタリシテソージャは、我が国を従わせるために我が国の魔力の強い者と養子や婚姻関係を結び、我が国に魔力の強い者を生まれない様にしました。そうやって長い間我が国の魔力を搾取し続けたのです。それに、終止符を打ったのが、独立王のレオーネ王でした。

 アリーチェは歴史の勉強でこの部分が一番好きだった。レオーネ王はこの国の英雄。
 自分にはその血が入っている。それがとても誇らしかった。
 母は教育や作法にとてもうるさく、小さな時から友達と騒ぐことも許されなかった。
 無作法をした私をきつく叱ることも常だった。
 しかし、母は叱った後必ずこう付け加える ‘あなたは独立王レオーネの孫なのです。恥ずかしくない様に生きなさい’ 私には英雄の血が入っている。
 これ以上高貴な血はない。それが、私のプライドだった。

 我が国は、適齢になると洗礼を受ける。魔力を持つ者は洗礼する事により、力を使える様になる。
 父は王の息子ではあるが、魔力は低く、薄い黄色の魔力だった。母が魔力の話しをする事はなく、元旅芸人と言うこともあって、周りは魔力も殆どないだろうと考えていた。
 この国はそれほど、魔力に乏しい国なのだ。そんな二人の子供である私も、魔力は強くないだろうと思われていた。魔力の受け継がれ方は、母の影響がより強いと考えられていた。だから、私の魔力は良くて緑、悪いと魔力を持っていないだろうと思われていた。私自身も、魔力についてはなんの期待もしていなかった。
 しかし、洗礼を受けてみれば、私には鮮やかな橙に近い黄色の魔力があった。後になって分かったことは、母はエシタリシテソージャに滅ぼされた小国の王女で、命を守るために身分を隠し、旅芸人の踊り子として生きてきたと言うことだった。

 この国には、魔力が強い者が訓練するような教育機関がない。父は急いで魔術先進国のゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ留学の手続きを始めた。その動きに気がついた()の国が父へ書簡を寄越した。

「アリーチェに王太子となっているウルバーノの側妃になれと…。」
「旦那様それだけは。それだけは嫌です。私の娘が、あの国に嫁ぐなど…。あの国では、子供を産むことだけが求められ、側妃らしい暮らしの一つも出来ないと聞きました。生まれた子供も抱かせてもらうことも叶わず、臣下の所へ養子にだされると。私の父王はそれを知っていたので、魔力の強い私に魔力の事は一切口にするなと言って育てました。国が滅ぼされた時も私を密やかに逃がしたのです。私自身もあの国に行くくらいなら、踊り子の方が良かったのです。」
「…あぁキミの気持ちは分かっているよ。私も彼の国の話は耳に入っている。私の叔母はそれで酷く心を塞ぎ、臥せった末に身罷ったと聞いた。その亡骸もこちらには戻してもらえなかった。その事が独立戦争への引き金にもなった。私も、娘をそんな国へは渡したくない。」
「ならば、頼るのは…」

 側で聞いていた執事がある提案をする。


∴∵


「アリーチェどうする?エシタリシテソージャの王太子ウルバーノか、ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの王太子レオナールか。どちらに嫁ぐ?」
「アリーチェ、本当なら私のようにあなたの好きな男性と結婚させてあげられれば良いのだけど。」
「お母様、自分の立場は分かっております。私には、誇り高きレオーネ王の血が入っています。エシタリシテソージャなどには下りません。ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ行きます。」

 私がゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ嫁ぐことは彼の国には漏れない様にしなければならなかった。
 レオーネ王が武力で守ったこの国の城は、高い山にある山城で、父であるパジーニ公爵の領土も険しい山に囲まれた場所だった。
 北の地は雪も深く、十一月頃から降り出す雪は殆ど溶ける事なく、五月まで残っている。
 そんな事情もあって、この国は冬の半年間は殆どの生活が停止する。それが、この国を不毛の地にしている原因の一つでもある。

 私は、そんな真冬の一月、雪深い山を彼の国に動きが察知されない様にわずかな供人だけで降りた。私が嫁入りに持って行けたのは当面の着替えと、母から渡された亡国に伝わるティアラだけだった。


∴∵


 ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ着くと、身なりを整えられ部屋に通された。

「ようこそ、アリーチェ嬢。私が、王太子のレオナールだ。これからは私の婚約者としてこちらで生活して頂く。住まいは離宮の南の棟を用意させた。東の棟には、ベルナルダと言う私の側妃が住んでいる。当面は、学院に通い、魔術やこの国の事を覚えてくれれば良い。これからよろしく頼む。」

 彼はそう言って、私に笑顔を向けた。

 十四歳だった私が、私の国にはいない、黒い髪で濃い色の瞳をした優しい王子を慕うのに時間などいらなかった。
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