転生聖職者の楽しい過ごし方【閑話集】

ロベールと里桜




 コンコンコンとしっかりとした音のノックが聞こえ、私が返事をすると、顔を覗かせたのは尊者になったばかりの彼女だった。

「入りなさい。」

 声をかけると、ニコニコ笑いながらバスケットを片手に入ってきた。

「ご一緒にお茶でもと思って、リナさんがクッキーを焼いてくれましたので。」

 バスケットをテーブルに置くと慣れた様子で彼女はお茶の準備をする。

∴∵

 彼女のことは召喚した時からもちろん知っていた。しかし、彼女は救世主様のように社交をするわけでもなく、治療所を開けばまともに働いている様子もなく、神殿での仕事は他の聖徒と比べるとかなり遅い。
 それに加えて、マルゲリット王女(姉上)の部屋を住処にしていると聞いた。あの部屋には、唯一の私の幸せな記憶が詰まっている。私にとって掛け替えのない思い出の部屋だ。
 私は当時の国王だった父と没落貴族でメイドだった母の間に、赤の魔力を持って生まれた。しかし、生まれた時は既に王妃との間に生まれた兄が立太子していて私の生きる道は神殿にしかなかった。そんな理由で両親との縁は薄く、父とは殆んど会うことは出来ず、母は世間的には私の乳母のような扱いだった。人前で母を母と呼ぶことも許されなかった。
 そんな私を愛情一杯に育ててくれたのは異腹の姉上(マルゲリット王女)だった。だから唯一肉親だと思えたのも姉上だけだった。私は姉上が嫁いでからも成人するまでその部屋に住んでいた。そんな部屋に彼女が住んでいることを快くは思っていなかった。

「全く、あの渡り人は一体何故こんなに仕事が遅いんだ。」

 神官のエメにそう不満を言っていた事もある。そんな私の態度が神殿全体の雰囲気を作ってしまったのか、神殿で彼女を軽んじる行動が多々あったことも知っている。しかし、あの時の私にとってはそれは正しい行動だと思っていたのだ。救世主様とは違い聖徒の仕事をしないのに、魔術書や伝承記をやたらと読み漁り、分不相応に大聖徒と呼ばれ慕われていた姉上の部屋を我が物顔に使う渡り人なのだと。

 しかし、騎士団と国軍の合同演習の時に治療を担当した彼女の魔力の強さを目の当たりにした。幼い頃から神殿に身を寄せていて洗礼後すぐに魔力の増幅訓練を開始した私ですら、白金の魔力を得るのが限界で、その力を以てしても重症の兵士は入院が必要だった。ところが、演習で重症を負ったのにも関わらず、彼女が治療した兵士や騎士たちは治療後休む必要のないくらいに傷も体力も回復していた。

――「彼女は虹の魔力を持っています。」――

 そんな人間がこの世界に存在するなど、予想もしていなかった。初代王は虹の女神より分け与えられた虹の魔力を持つ王だったと伝えられていた。人々の病も傷もあっという間に癒やし、瘴気で混沌としていた国に結界を張りこの国に安寧をもたらしたと言われている。通常の救世主が張る結界は三百年から四百年くらいで限界を迎えるとされているが、初代王が張った結界は千年以上も効果を発揮していたと言われている。しかし、それは神話での話のはずだ。だが、確かに彼女が治療した者は治っていた。

「何という力か・・・」

 彼女に本当にそんな力があるというのか…。

 国軍の練習場の片隅に、陛下とジルベール、アランとシルヴァンを呼んで、彼女の本気の力を見たいと言った。
 私は土壁を作り、そこに魔力を込めた。込める魔力が強い程強力な壁になる。私が作る土壁をならば、町の魔剣ならば、下手をすれば魔剣の方が割れてしまうだろう。

「この土壁を壊してもらいたい。」
「はい。わかりました。」

 彼女は土壁の前に行くと、何の詠唱もせずに、一瞬で砕き、気がつくと土すらも姿を消していた。
 彼女が魔術を発したときの魔力の感じは今までに一度も感じとったことのないものだった。

「今のが全力の力だろうか?」
「全力ってわけではないですが、制御もしていません。これ以上強く使うと体力を消耗してしまうので。」

 全力を使わなくとも私の土壁を粉砕してしまうのか……何と恐ろしく強い力かと思った。
 しかし、等の本人はその力を自慢する風でもなく、今はアランと一緒に小さい土人形を沢山作って集団行動させ遊んでいる。

「わざわざ見せてもらい申し訳ありません。あなたの力は何と素晴らしい力か…その力をこの国のために使って頂けますか?」

 そう問いかけた私に不思議そうな顔をして、

「もちろんです。」

 と彼女は笑った。

∴∵

「ロベール様はリナさんの作ったクッキーがお好きでしたよね?今日は沢山焼いてもらいました。」

 彼女の侍女が焼く菓子は母が作ったものに味がよく似ている。それが懐かしかっただけなのだが…。彼女は私に家族というものを思わせる。自分に家族があれば、午後の一時はこんなにも穏やかだったのだろうか、一日の何でもない出来事も、何か特別な事のように感じられたのだろうか。昔問われた幸せとはこんな気持ちのことなのだろうか…と。

「リナ殿には手間をかけたと謝っておいて欲しい。」
「謝罪ではなく、感謝を伝えておきますね。その方がリナさんも恐縮しなくて済みますし、喜びます。」

 私は、彼女を幸せにしてやりたいと心から思った。私が持っている力の全てを彼女の幸せのために使おうと。初めて、王の息子として生を受けたことを感謝した。

「あぁ。そうだな。手間をかけたがうまかった。ありがとうと伝えてくれ。」
「はい。分かりました。紅茶いかがですか?アナスタシアさんから淹れ方を教わったんですが…渋すぎたりしていませんか?」
「あぁ。うまい。わざわざこのために練習をしたのか?」
「はい。」
「うまい紅茶だ。ありがとう。」

 そう言うと彼女はまた笑った。
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