幸せだよと嘘をつく



食事とお酒が飲める静かな和食店の個室に康介と共に座っている。
接待で使った事がある店なのか、高級感がありお洒落だった。

「夕飯は食べた?」

「ええ。食べたけど、何か軽く頂くわ」

「分かった」

康介は適当に注文をし、お酒はどうするか雪乃に訊ねた。
一杯だけ付き合うつもりでビールを注文する。

康介が何を話すのか気になった。
外での食事だから険悪なことにはならないだろう。
お互い大人だ冷静に話ができればいいと雪乃は思った。


「スマホを修理した。というか新しく買いかえた。データはそのまま移行できたよ」

「そうなのね」

「弁償してもらう約束だからね」

雪乃はふふふと笑った。
まさか最初の会話が、スマホの弁償の話だとは思わなかった。

「彼女と別れたよ」

「そうなんだ。すんなり別れられたんだ?」

「正直言うと、そうでもなかった」

やはりそうかと思った。
真奈美さんは少なくとも康介に恋愛感情を持っていた。
そうでなければ、子供を預けてまで会いに行ったりはしないだろう。

「私は巻き込まれたくないから、できるだけ早く離婚届にサインして欲しいの。今日、持って来たわ」

鞄の中から封筒を出した。私の分は記入済みだ。

「俺は、離婚するつもりはない。というより、もう一度チャンスをくれないか?」

無理だというより、嫌だった。
長引くのも嫌だし、彼が私との結婚にこだわる意味も分からなかった。

「住む場所もそうだし、会社関係の手続きもなんだけど、ちゃんと離婚してもらわなくては困るの」

「ああ。わかっている。だけど、俺は君と離婚する気はない。だから、離婚しないで済む条件を出して欲しい」

ネゴが得意な康介らしい言い方だなと思った。

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