幸せだよと嘘をつく
飲み物と料理が来た。
冬筍穂無、里芋田楽、黒豆みぞれ寄せがお上品な小鉢に盛り付けられていた。
デートで訪れたとしたらきっと素敵だっただろうなと雪乃は思った。
「なぜ康介さんが私との結婚生活にこだわるのか分からないわ」
乾杯はせずに、ビールを一口だけ飲んで康介さんに訊ねた。
「愛しているからだよ」
康介さんはこれからの話の中で、この甘い言葉を連呼するだろうと想像がつく。
「半年も妻を抱かなかったのに?」
「ああ。抱かなかったけど、君を愛している」
「体と心は別物だって言うけど、男性の言い訳にしか聞こえない文言よね」
雪乃はわざと嫌味っぽく言ってみた。
「言い訳というより、実際俺の場合、体の関係は愛がなくてもできた。けして許される事じゃないのは分かっている。本当に必要なのは君だって気付かされた」
「後悔先に立たずってよく言ったものだわ」
「ぐうの音も出ないよ」
笑い話にはさせない。冗談で済まされる話ではない。
「康介さんを責めたくないけど、遊びで他の人を抱いたあなたの事は軽蔑するわ」
「君は俺を愛していると言ってくれた。だから、それに縋りたいと思っている。もう嫌いになったのかもしれないけど。もう一度だけチャンスが欲しい」
「あなたのことは本当に大好きだった。こんな素敵な人、他にいないと思う。理想の旦那様よ」
「それなら……」
「その愛する人を繋ぎとめられなかった自分に嫌気がさしたの。身を引こうと思った。あなたは他の人でも愛せるんだろうって思った」
「体だけの関係だった。もう二度としない」
この話には終わりが来ないだろう。
雪乃は一気にビールを飲んだ。
埒が明かないし、無駄な時間だ。