幸せだよと嘘をつく
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それからしばらくして、雪乃の仕事場に電話がかかってきた。
相手は康介の不倫相手だった小林真奈美だった。
取引先のふりをして雪乃に電話をしてきたのだ。
『会社に電話してしまい申し訳ありません。どうしても、会って謝罪したいのでお時間をいただきたいです』
『謝罪は結構ですし、職場に個人的な電話をしてこられるのは困ります』
『連絡手段がこれしかなく、仕方なくこういう方法を取らせて頂きました。どうか一度お会いできませんか?仕事が終わる時間帯に会社の近くで待たせて頂くこともできますので』
『それは迷惑ですので、やめて下さい。こちらから改めて電話しますので』
なんて常識のない人なんだろうと驚いた。
謝罪はいらないし会いたくはない。
けれど、考えてみると、もしかして彼女は怯えているのかもしれないと思った。
慰謝料請求や、ご主人にバラされると思い謝罪と言っているのかもしれない。
とにかく一度、真奈美さんと会う必要がある。
雪乃は事情を知っている前島さんに相談してみた。
「会社に直接電話をしてくるなんて、少しおかしい人じゃないのか?しかも会社の近くで待っているとか、普通なら有り得ないだろう」
「そうですよね。もしかしたら、ご主人にバラされることを恐れているのかもしれないと思ったんですけど」
「そうだな。その口止めをするために会いたいと言っているのかもしれないな」
「バラすつもりもありませんし、慰謝料請求もしません。関わり合いたくないんですが、それをはっきり言おうと思います」
「河津さんのご主人を呼んだ方がいいのかもしれないな」
康介に彼女から電話があったと伝えたら、彼は彼女に話をするだろう。
そうなるとまた、事が拗れる。
雪乃は眉間にしわを寄せる。
「彼女は謝罪したいと言っているので、とにかく私だけで会ってみます」
事を大きくしたくないし、彼女が謝りたいというのならそうさせよう。
面倒事はさっさと終わらせたい。
「ボイスレコーダーを持っていって。録音した方がいい」
「わかりました」
前島さんは私物のボイスレコーダーを雪乃に貸してくれた。