幸せだよと嘘をつく



食事の片付けをしている間に前島さんは太陽君を送っていった。

戻ってきたら一緒に晩酌をする。
前島さんと過ごすようになってからのルーティーンだった。




「ここへ来るようになって2ヶ月経つけど、旦那さんは何か言ってる?」

前島さんが訊いてきた。

「そうですね。とことん見て見ぬふりって感じですかね。夫は水曜日、外で食事を済ませているみたいで帰宅時間は私より遅いです」

「雪乃さんより先に帰りたくないのかもしれないな」

いつの間にか河津さんから雪乃さんに呼び方が変わった。
太陽君が雪乃に懐くようにという配慮なのかもしれない。


「多分、私が男性と一緒にいるとは思ってないでしょう。水曜日に何をしているか聞かない約束ですから、聞いてこないです」

「旦那さんは、そんなに簡単に浮気相手が見つかるはずはないと思っているだろうね。まぁ、今のところ健全な関係を保っているしね僕ら」

「そうでしょうね。でも水曜と金曜必ず家を空けるので、定期的に行く場所があるのは分かってると思います」

前島さんは、風俗のキャストになると言ってはいたが、雪乃に手を出してこなかった。
そういう雰囲気にはならない。

太陽君を儀実家に送ってから、一時間ほど二人だけの時間がある。
それでも前島さんの触手が動かないのは、自分に魅力がないせいだろうと感じた。

「私は女性としての魅力に欠けるんです。色っぽさっていうか、そういうのが無いんでしょうね。だから夫ともレスが続いてしまって、彼に浮気されたのかもしれません」

「……本当にそう思っているの?」

「なんかね、昔から言われるんですが、高潔って感じなんですって。触ってはいけないみたいな存在らしいです」

「それは、褒め言葉だろう。でも、確かに汚してはならない感はあるな」

「そうなんですね」

ショックだった。
雪乃は特に潔癖症というわけではないし、処女でもない。ましてやシスターとか尼さんでもない。
一般的なアラサーの女だ。

もしかしたら自分はこの先、男の人に触れられず生きていくのかもしれない。



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